価値判断って難しいと思います。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが・・・という風に結局なにか物事を判断しなければならない。
両方が両方に言い分があって、譲れない。そんなときだってしばしばあったり。
死刑の是非をめぐっての議論とかでも
廃止派は言います。
「社会的に更生させると言う刑罰の本来の目的から逸脱している」
「生命を奪うというのは生命権に明らかに抵触している」
「誤審があったときにもうとりかえしがつかない」
存置派は言います。
「凶悪犯罪の抑止力になる」
「遺族のことを考えれば極刑はやむを得ない。」
「凶悪犯を社会復帰させるリスクが大きすぎる」
どれもこれも「一理」あって、多分答えが出ない。答えの無い議論だからこそ、でも考えなければならない。
死刑くらいおおきければ価値判断の必要性は自ずと国が担ってくれるのに実際生きてて出会ういろんなことの判断はその場で個人がしていかなくてはならないときもある。
小さいものであればそれはいろんな議論だったり議論の意思決定だったり。
そういったものを好んでしようとする自分が明らかに存在している一方で時々、本当に時々、全てがどうでも良くなるときもある。
判断って、難しい。
選ばなければならないことにかなり苦痛を感じる時もあり、そんな自分をきらう自分もいたりします。
とまあ、電車の窓から見たヨットに癒しを感じる自分に気づいてから電車を降りるまでのしばらくの間考えていたことをまとめてみました。ジュディ&マリーを聞きながら考えることではないよな~(苦笑)
ちなみに私は「ラッキープール」と「mottö」が好きです。では、現実逃避はこれくらいにして目の前の課題を片付けます!