↑いたずらがばれて寝たフリしてる猫

 

だまされたと思って一度お試しください。

 

こんな広告の文句が昔からよくある。すでに使い古された感もあり、

とにかく私はこの言葉が大嫌いである。

 

友達から「だまされたとおもって、やってみー」

 

なんて言われることもある。

 

しかし、私はもうだまされることはコリゴリなのである。

だまされたくはないのである。

 

絶対!確実!

 

な情報がほしいのである。

 

この「だまされたとおもって」の言葉には、

結果に責任を持たない「逃げ」が隠されていないだろうか?

 

だまされるかもわからない。。と半信半疑で手を出したのだから、

そちらにも非はありますよ。

あなた、やっぱりだまされたんですね。

そういう場合もあるんですよ、しかたないですね。

 

などというクレーム回避の言葉として利用するためではなかろうか。

 

いや、だまされたとおもって・・の言葉は、

そんな深読みして猜疑(さいぎ)心もつような

効力のある言葉ではなく、

ただの例え言葉なんですよ。

という考えもあるだろう。

 

しかし、

おなじような類義文句がある。

 

散々使用した人のハッピーコメント、あおりコメントとでもいってもいいのではないか。

肯定する言葉をたくさん紹介しておきながら、

ながらですよ!

 

最後に、しかも米粒ほどのちいさ~い文字で

 

「使用効果は個人によるもので、全ての方に当てはまるとは限りません」

 

などというこちらも逃げ口上としかおもえない抑え言葉。

 

なんでも書いておけばそれで済むと思っている。

 

何かあったときに、(この場合の何か、とは苦情・クレーム・文句である。)←全て同じであるが

 

『ほら、ここにありますでしょ。』

 

と一言言えばそれで回避できるとでもおもっているのだろうか。

実際多分それで解決することもあるだろう。

 

そう言われればグウのねも出ない。

 

その言葉を抑え込み、こちらにも戦う気力と知力・才覚が備わっていれば

別であるが、もうそこまでする気持ちもなく、面倒なので、まっいいか。と

黙り込むのが関の山である。