確かに最後の1コを
誰かが食べたことは間違いないのに
誰も食べていないという。
そんなことはありえないのに、
誰もが
「自分は違う」という。
しかし、
こんなことは日常生活や
社会の中では
よくあることだ。
これが、家庭の中という
ちっちゃなちっちゃな
枠の中で、
とるに足らないどうでもいいような
ことだから、
どうでもいいようなことだけど、
たとえばこれは
会社の中でも起こりえる。
誰かがこの間違いをしたはずなのに、
社内の誰もが
「自分はしていない」という。
自分は全く知らない、
かかわってさえいない、という。
断言する。
上層部も
いいかげん、
そんなことに
かかわってる時間も
ましてや犯人捜しのような
ことをしている
時間も意義もない。
というので
そのまま真相はお蔵入り・・迷宮入りとなる。
真の犯人は、
陰で
「あーよかった・・」と胸をなでおろしているであろうか。
それともやっぱり、
犯人なんて
この世にいないのだろうか?
いや、そんなことは
絶対にない!!
シルベーヌ事件に戻そう。
絶対誰かが食べたはず。
なのに、誰も食べてないなら
消えたシルベーヌはどこへいった?
無理やり考えるもうひとつの道は、
「泥棒さんが入ってきて
冷蔵庫に入ってる
シルベーヌをこれ幸いと、
つまんで食べて逃げた」
説である。
しかし、
泥棒さんは
家の中のものに、
まったく指1本触れずに
引き出しもあけず、
障子に穴もあけず、
シルベーヌだけを食べて逃走した、
と
考えるのはあまりにも突飛すぎないか。
よくあるテレビの推理ドラマでも、
犯人は意外な身近な人物なのである。
・・・ということは、
やはり
シルベーヌを食べた人間は
・・・
もしかして、
一番GSP(ギャースカピー)
している本人が
やはり勘違いで食べてしまっている
可能性もある。
