親の影響というのは、恐ろしい。
子どもの頃、母からキチンとした女の子のしつけや、
家庭教育を受けなかった
私だが、なぜか
「選挙に行け」ということだけは
ことあるごとに言われて育った。
私が20歳になると、待ってましたとばかりに
投票はがきを私の胸に押しつけ、
「ほら、明日。絶対いくんやで」
当日も「選挙いったか?」と
シツコク念を押された。
そんなわけで、
私は20歳で
選挙権をもらってから20余年。
『ただの一度も』欠かさず、
すべての選挙に一票を投じてきた。
都合が悪い時は不在者投票もした。
一方、主人は選挙に行ったことはこれまで
ほんの数回である。
それも独身時代は皆無であり、
ようやく最近行かねばと
おもい始めたようである。
なのに、今回の選挙は棄権するという暴挙に出た。
義母は「選挙みたいなもん、どうでもええ」
という持論の持ち主である。
私自身は、この考えには賛成しかねる。
そして少なくとも、
主人は「選挙に行け」攻撃は受けずに育ってきたことは
確かだろう。
義母は大変に先祖を敬う精神の持ち主で、
墓参りは欠かさず行き、いつもきちんと掃除をし、
花を枯れさせたことはない。
50回忌も終わった仏さんの月命日に、
未だに毎月お坊さんにきてもらっている。
主人も幼いころはよく一緒に座らされたという。
そんな義母の影響をうけたであろう主人は
彼岸はもちろん、盆・暮れのお墓参りも毎度毎度キッチリ行く。
墓参りには無頓着だった母の元で育った私は、
「もういいんでないの」と言いたくなる言葉を
無理やり飲み込んでの墓参である。
親の影響ほど恐ろしいものはない。
私や、主人の背中を見て
子どもがどのような意識をもって育つのだろうか。


