子育て子育てというけれど。
子どものため子どものためというけれど・
結局自分のためだったんじゃないかとおもう。
自分が悪く言われないため。
「あそこの子どもは・・」とか
「どんなしつけしてるの、あそこの親は」と
言われるのが怖かっただけなんじゃないのかとおもう。
社会に通用する役立つ人材を送り出すため・・・なんて
考えていたわけじゃない。
最低限まともな人間で、一人で生きていけるように。
・・とすらも考える余裕なかった。
ただひたすら必死だった。
必死というのは
「必ず死ぬ」と書くから
必死になるのはよくないと聞いたことがある。
今、振り返ってみて何が残ったんだろう。
自分が恥をかかないように、
自分のためにしてきた子育て。
その姿勢を、
その気持ちを
子どもに見破られていたのではないかと思う。


毒吐き女のひとりごとブログ