若いころ、私は男を選ぶ条件のひとつに「お金」を挙げるのはいやらしい、とおもっていた。
そのように考えるのは計算高い、邪道である。などと少女のような性根であった。

その男性が好きならば「手鍋下げても」の精神ではないが、
そのくらいの気持ちで一緒になることが
純粋かつ真の恋愛、人の道。であるかのように考えていた。

「愛はお金では買えない」のだから、
お金がなければ二人で一緒に働けばよい。
お金はたくさんある必要はない。
生活していくだけのお金があれば、それで充分でなはいか。
上を目指していたらキリがない。
自分の分相応を考えよう。

向上心がないのか、
あきらめなのか、けなげなのか。

しかし、本当は心の底ではそう思っていなかったはずだ。

「お金が欲しい」
「お金が必要だ」などという考えは汚い、とおもっていて
自分はそんなことには染まりたくない。
だから、本当はお金がザクザク欲しいくせに、
その気持ちにふたをしていただけだ。
そして必要以上にお金を欲しない自分に酔いしれていたのだ、きっと。

しかし、そんなニセ少女時代は終わりを告げた。
お金は必要!お金が欲しい!
ゼイタクしたい!
チマチマ節約したりせず存分に使いたい。
そんな本音がムクムクと頭をもたげてきた。→続く