街頭でティッシュを配っている。
ティッシュならもらえるのだ。
ティッシュは年齢、性別、問わないようだ。
配っている方も、早くはきたい、早く終わらせたい。
とばかりに、とにかく手当たり次第に
通り過ぎる人すれ違う人に、
自分の体を半回転させてでも配っている。
私も、ティッシュならいくらあっても困らないので
パチンコ店だろうが、サラ金だろうが、どこのティッシュだって
喜んでホイホイもらう。
いらないものは炉端やマッサージ店のチラシ。
もらっても、ただのゴミと化すのだが、
その場で捨てるなんてことは
街の美化問題と自分の道徳感、配っている方へのわずかな敬意を
表して、とりあえずはいったんバッグに入れ、
家まで持ちかえって捨てる。
ところが、欲しいのにもらえないものがある。
マクドのクーポン付チラシである。
マクドのチラシを配っている、その姿を見かけた途端、
私の心はこ踊りしはじめる。
もちろん、表情には一切出さない。
しかし、私の先を行く人々を、
さりげなく遠目に観察していると、
もらえる人ともらえない人の二通りに分かれる。
配っている方が、
瞬時に何かを基準にして
渡す人、渡さない人、を分別しているのだ。
その何かとは何なのか。
続く→

