嫁と姑は永遠のテーマ。
と言われ続け、もうこの言葉自体も死語になりつつある。
私がここで書いたようなことくらいは
日本全国どこにでも転がっているような話で、
取るに足らないこと。
こんなものをドロドロだとは言わない。
ドロドロはもっとドロドロ。
前半は私も被害者意識満載で書いていたが、
後半ハタと気がついた。
義母も、その妹たちも、ツライ農家の肉体労働無償提供者なのだ。
誰かがしなければいけない農業。
誰もしようとしない農業。
おばあちゃんがお茶碗に残るお米の一粒一粒も
大事に残さず食べている姿。
義母も69歳。
土日これだけ肉体を酷使して、
月曜から休まず仕事に出かける。
辛くないわけはない。
ダンナはまれに見るおばあちゃんっ子。
畑仕事を手伝うようになったのもここ数年のこと。
それも誰に頼まれたわけでも無理強いされたわけでもない。
自ら行っているのだ。
おばあちゃんのために。
畑仕事の手伝い以外にも
おばあちゃんの顔が見たいがためだけに、
3か月に一度は都合をつけて
訪れるダンナ。
そんなダンナをもっている私が幸せでないわけはない。
秋には稲刈りがある。
これが9月の暑い時であるゆえ、去年など義母は熱中症で倒れた。
そんなことを聞いているのに、
知らんふりできるくらい
私は鬼嫁なのか。
義母から寄せられた数々の心に刺さる言葉。
本人は悪気はないのだろう。
私が気に病んでると知ったら
「そんな風に思ってるとは思わんかった。ごめんな」と
即謝ってくれる人だ。
しかし、悪気がなければ何をいってもいいのか、というと
それは違う。
月曜の夜。
1本の電話がかかってきた。
「ありがとう。疲れたやろう。本当に助かった」
義母からだった。
私の心の中に堅く押し込まれていたものが
ゆるく溶けだしていった瞬間だった。
今日のやぶこのひとり言:
岡山ドロドロ物語、これで終話です。
明日より
中途でほおりだされてる
「鉄棒なわとびいなりずし」に
また戻りたい思います。
どこまでいったっけ・・?
よろしくお願いいたします。


