赤司は手を延ばして彼女の頬に触れた。

「少し痩せたな」

彼女は頬をすり寄せ小さく微笑した。

「まぁね」

「栄養をとれ。その身長にしては痩せすぎだ」

「心配しすぎなのよ、征十郎は」

二人はしばらくお互いの目を見つめあった。

アリスは小首を傾げた。「何を考えてるの?」

「お前を殺すかどうか」

彼女は微笑した。「どうしたい?」

赤司が黙っていると彼女が手を延ばして彼を引き寄せた。「キスして」

彼の手をとり、首に巻きつかせる。「じゃなければ殺して」

赤司は躊躇わなかった。

彼女の髪をぐいっと掴み、壁に押しつけた。身体で彼女を押さえ込んで壁に固定し、手を喉にあてて圧迫する。アリスは抵抗しなかった。

ただ彼を見つめていた。顔が徐々に赤くなり、喉を掴まれて呼吸が荒くなった。目が大きくなる。

彼女の匂いがした。昔から知っている、あの甘い香り。

ポニーテールにしていた髪がほどけ、くしゃくしゃになって彼女の顔にかかった。

だがどんな状況でも彼女は美しい。美しすぎるほどに。

赤司は彼女の足を床から浮かせ、壁につけたまま上に滑らせ顔が同じ高さになるようにした。

彼女の両手が上がって、赤司の手首を掴んだ。その手を、彼は知っていた。

いつも握っていた手。子供の頃から知っている手。影から自分を支えていてくれた手。

彼女は口を開いた。何かを言おうとしている。

「愛してる、征十郎」

その言葉に、赤司は目を見開いた。

彼女はにっこり微笑した。


「ずっと愛してる」


「「大好きよ、征十郎」」


子供の時の彼女の姿が重なり、胸が熱くなる。

赤司は手を離した。

崩れ落ちる彼女の身体を、赤司は抱きとめた。

彼女が顔を上げ、驚いたように彼を見る。

彼女が口を開く前に赤司は人差し指を彼女の唇に当てた。

「今は、何も言わないでくれ」

その髪に手を滑り込ませ、赤司はアリスにキスをした。

アリスの目が大きく見開かれる。

ようやく唇を離し、二人は見つめあった。

「あの言葉を言って」

期待をこめた声で、アリスは囁いた。

「あなたの口から、あの言葉を聞きたいの」

と、その時。

「そこまでだ、アリス」

突然背後から聞こえてきた声に、アリスは振り返った。

体格のいい男が三人、じりじりと囲むように近寄ってくる。

黄緑色の制服のロゴには「精神病院」の文字。

アリスは驚きと怒りに目を見開き、赤司を振り返った。

「これまでだ」

赤司は冷たく言った。


「…二人の思惑通り、アリスは精神病院に入院しました。被害者の男性は報復を恐れて裁判沙汰にはしませんでしたが…光を失った」

「……」

最後まで聞き終えた火神は、黙り込み、じっと床を見つめていた。

「…同情してるんですか」

火神の表情から何かを察し、黒子が尋ねた。

「…いや」

そうは言ったものの、その声は震えていた。

「……火神君」

その静かな声に火神は顔をあげる。

いつものポーカーフェースは消え、黒子は悲しげな表情を浮かべていた。

その悲痛な姿に、火神は目を丸くする。

「アリスは人を傷つけた。それは決して許されるものじゃない」

ぐっと拳を握る。


「悪は、正さなければ」



iPhoneからの投稿
式後の披露宴をどうにか抜け出し(大我はお酒を無理やり飲まされていた)、私はバルコニーに出た。

目的の人物はそこにいた。

私に背を向け、空を見上げている。

私は無意識にあの指輪を握った。

「……そんな格好で外に出たら風邪を引くよ」

話かける前に彼が口を開いた。こちらを振り返る。「アメリア」

やっぱり彼だ。

私は息ができなくなる。「…辰也」

「久しぶりだね」

一歩近づくが、それ以上踏み込もうとはしない。

「まさか大我の花嫁だなんてな」驚きだよ、と苦笑する。

私は何も言わない。

ようやく口を開いたけど、その声は震えていた。

「…どうして戻ってきてくれなかったの」

あの孤独な日々が脳裏を過る。ずっと彼が行った方向を見続け、寝る前には彼のことを思い出しながら泣きつづけた。

なのに彼は今になってーー私が結婚する時になってーーまた現れた。

私の心を引き裂くために。

「アメリア…」

彼は困ったように眉を八の字にした。「本当に俺は…」

「言い訳なんて聞きたくない!」

私はつかつかと彼の目の前に迫り、指輪をつきつけた。彼は面食らったように私と指輪を交互に見ている。

「覚えてるでしょ、この指輪!私に初めてプレゼントをくれた男の子はあなただった!それからずっと、私はこの指輪を見る度にあなたを思い出していたのよ!それだけじゃない…」

私は溢れてくる涙を乱暴に拭った。「私は何もかも覚えてる…二人の思い出を、一つ残らず。どんなに時間が経ってもあなたはまた会いにきてくれるって、そう信じてたのに!」

「俺だって、君を忘れたことはなかった!」

辰也の怒鳴り声に私はびくっとした。

彼は私の手首を乱暴に握った。「だからこうしてまた会いにきた。きみとの約束を守るために!」

「私が結婚した後に、でしょ」

私は吐き捨てるように言った。辰也の胸をどんっと押す。「もう、遅いわ」

辰也は黙っている。その目に浮かぶのはなんだろう?後悔?

私はため息をつき、指輪を彼の手に押し付けた。「これはあなたが持っていて。もう指輪は沢山」

だが彼は首をふり、私の手をとって指輪を戻した。「いや、これはきみに持っていてほしい。俺が君にあげられるのは、これだけだから」

私たちは見つめあった。

幼かった頃の彼が目の前にいた。

彼も同じように見ているんだろうか、花嫁姿の今の私ではなく、昔の私を。

だけど現実は違う。私たちは12年の年月のせいであの頃の輝きは失くしていた。

彼は手を伸ばし、私の頭を引き寄せた。

額に、彼の唇が触れた。


「すまない、アメリア」

彼の言葉に、私は目を瞑り涙を流した。

彼は悲しげに笑って、涙を指で拭ってくれた。

「せっかくの晴れの日に泣いちゃだめだろ、アメリア」

体を離し、私の背中を軽く押す。

「ほら、宴に戻って旦那様を助けておいで」

振り返ると、大我が黒子にお酒を飲まされているのが見えて、思わず私は笑った。

「さぁ、アメリア」

彼が耳元で促す。

私は躊躇いがちに彼を振り返った。

「…あの時の気持ちは本物だった。そうよね?」

彼は笑った。8歳だった彼の姿が蘇る。

「ああ」

私はまた泣きそうになるのを堪え、会場に戻る扉を開けた。

最後に、彼の声が聞こえた。

「さようなら、アメリア」