第

回 佃小橋毎度~!
ちょっと書いては間が空いて休載を繰り返す売れっ子漫画家のように横柄なサイクルでぶろぐを更新するtwinsです。
心の片隅で更新を待って下さっている方がいたらすみません…。
などと書き出した前文ですがこの中にもチカチカと今回、ご紹介する佃小橋(佃島)に結び付くエッセンスがちりばめられています。
まずは、毎度~!の一言から。
毎度~!の何が佃島?と関係あるのかと言うと、そもそも佃島は、大阪の佃村から徳川家康と共に江戸へ移り住んだ34人の漁師たちによって1644年に作られた埋立地からその歴史が始まっています。
そのため約50年前頃まで佃では、佃言葉という大阪弁が変化したこの町独特の言葉が話されていたそうです。
流石に毎度~!とはやならいですが、早口で話す語尾に~ケツカル(してやがる)など大阪弁そのものが残っていたりしたそうで。
そんな、大阪と江戸が融合した町、佃に架かる東京湾一小さいであろう橋。
その名もズバリ佃小橋は、佃島の埋立と同時期に作られたため約370年の歴史がある橋です。
ちなみに現在の佃小橋は、1984年に改修されたものですが、しっかり故き良き味わいを醸し出しています。
そんでもって、前文のお話の続きをすると、第2のキーワードは漫画家。
ここ佃島、月島周辺は『ハチミツとクローバー』で有名な羽海野チカ先生が描く『3月のライオン』の六月町のモデルでもあります。
作中には、佃小橋や佃大橋に、佃、月島界隈の風景が頻繁に登場します。
佃島と聞くと佃煮!と単純な発想しか出てこないtwinsですが…。
佃島は、知れば知るほど、行けば行くほどに面白く、まさに噛めば噛むほど旨味が出る佃煮のような場所です。
とある週末に、何しようかなぁ?と思ったら、迷わず佃島周辺を訪れて見て下さい。
江戸から続く歴史。昭和の面影に平成の風景。佃には、これまた佃煮のように色んなものがギュッと濃縮されています。




