WR250X パーツといえば!? Dripレーシングプロダクツ! -490ページ目

あらま・・・

型の補修完璧って思ったのに・・・・。

気になる箇所はけーん!!

1工程出遅れ~




!?





日程結構ヤバメじゃん!!

10日は・・・お徹の予感・・・。









今日も~こんな時間!!







早めに帰らんと・・・。

信じられない。。。。つらすぎる。

あるお客様が新婚旅行も兼ねて・・・先日海外旅行に行ったそうなんです。




その方はバイクレースが大好きで。。。




そう。

行き先はサンマリノでした。





昨日、いきさつは解りませんが偶然にも決勝レース前日、御夫婦が富沢選手と一緒に食事をされたと聞きました。









”本当に明るくフレンドリー”と、あのロッシにも言われるくらい本当にライダーの方々そしてスタッフ&関係者の皆に親しまれる富沢選手だっただけに・・・。




富沢選手の他界を悼み、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。


そして ありがとう 富沢選手

ご冥福を お祈りします。


2003年4月に鈴鹿サーキットで行われた世界選手権シリーズ開幕戦の決勝で、加藤大治郎選手

2007年10月WGPに参戦していたノリックこと阿部典史選手が川崎市内でスクーターを運転中に無理なUターンをしたとされるトラックと衝突




世界で活躍する有望な選手が亡くなってしまうのは本当に残念で言葉も出ません。

富沢選手は19歳 本当にこれからって言う時に。。。



ご家族 ご友人 チームスタッフ そしてファンの方々と共に御冥福をお祈りしたいと思います。






<記事抜粋>
 イタリアのミサーノアドリアティコで開催中だったオートバイのサンマリノ・グランプリ(GP)のモト2クラス決勝で5日、日本の富沢祥也選手(19)が事故に遭い、病院に運ばれたが、死亡が確認された。AP通信などが伝えた。

 富沢選手はフルスピードで走行中にコーナーで転倒。後から来た2台のバイクにはねられ、40メートルほど飛ばされた。頭部や胸、腹部を強く打っており、致命傷になったという。モトGP公式ホームページなどによると、事故はレース開始から約20分後に起き、富沢選手は上位を走っていたが、縁石に乗ってバランスを崩して転倒し競っていた後続車2台にはねられた。その一人だったアレックス・デアンジェリス選手(イタリア)は「自分の競技人生で最悪の事故だ。ぶつかるなら体でなく車体にと思って、できる限りのことをした。信じられない」とテレビ局に話した。

 千葉県旭市出身の富沢選手は、匝瑳(そうさ)高在学中から全日本ロードレースで活躍し、卒業後はフランスのチームCIPからホンダのマシンでWGP250ccクラスにフル参戦デビュー。2008年の全日本ロードレース選手権250ccクラスで2位となり、2009年シーズンから世界選手権に参戦。シリーズ17位だった。

 今季は新設のモト2クラスにスッターのマシンで挑み、開幕戦のカタールGPで初優勝。第2戦スペインGP、第10戦チェコGPでもポールポジションを獲得するなど好調だった。しかし、10月3日決勝の日本GP(栃木・ツインリンクもてぎ)を1か月後に控えて非業の最期を迎えた。








いつ どんな時に自分の最期を迎えるか解りません。

今を 精一杯生きていく そういう気持ちを忘れずに日々過ごして行きたいです。