俺的プロレス平成20年史 ~1993年編~ | ガチンコ日記

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息抜きでテキトーに独り言書いてます。

今日は1993年です。


この年僕は高校1年生。


新しい環境には少し僕とプロレスを語れる友人がいたんですが、”にわか”の知識の上、知ったかぶりで語るので逆に腹立ってしまいます。


何とかプロレスを普及させようと、柔道部に入部して”逆一本背負い”をしようとして、顧問の先生に怒られてたのもこの時期です。



<1993年 H5年>


この年は格闘技界にとってはターニングポイントとなる年です。


K-1・UFC・パンクラスが続々とスタートし、当時ではマイナーだった格闘技界が後々大ブームを生む基盤を作った年でもあります。


正直この頃はプロレスが格闘技に抜かれるなんて考え付きませんでしたが。。。


この年はやっぱり天龍源一郎


1・4東京ドームでは長州力に勝利。


その後、グレートムタ・蝶野政洋・橋本真也と撃破します。


9月に一度G1覇者藤波辰彌に敗れますが、しっかり12月にリベンジ。


最優秀選手賞とベストバウト(1・4vs長州力)の2冠を受賞します。


またこの天龍との試合を通して、橋本真也は大きく成長。


この年初めてIWGPのベルトを獲得


Mr.IWGPとして飛躍していくキッカケを掴みます。


一方アメリカでは1つの長寿番組が放送開始となります。


Monday Night RAW


後にWCWとのMonday Night WARはアメプロを語る上で絶対はずせませんよね。


今日現在まで全世界に向けて放送されてるって凄い!

Σ(゚д゚;)


またWCWの方はNWAからの脱退、リックフレアーの復帰などがあります。


そして後のMonday Night WARの主役の一人、エリックビショフが副社長に就任し、大きな転換期に入りました。


ECWの方はこの年、ポールヘイマンが団体プロデューサーに就任。


エクストリーム路線変更への礎が気付かれます。


こうやって見ると、この年はアメプロにとっても夜明けの年って言えますよね。


日本の方では、


4・2 全女 横浜アリーナ


っていうのもありました。


これはいろんな意味で伝説の興行ですよね。


内容は素晴らしかったと思いますが、終了時間が…。

(*^.^*)


最後まで観戦された方は凄いと思います。


残念なニュースもありました。


アンドレザジャイアント死去。


もうこの人に関しては何も説明はいらないでしょう!


ただただ残念でした。

・°・(ノД`)・°・


あと僕はこの年、高校合格のお祝いで初めてのドーム興行を経験します。


5・3 レスリングどんたく in 福岡ドーム


チケット発売日にはチケットぴあの前に並んだなぁ。。。


当日は弟とG・ムタのTシャツをペアルックで観戦したの覚えてます。


藤原喜明、H・ホーガンの新日復帰、3代目タイガーマスクのデビュー戦、長州・天龍組 vs 猪木・藤波組などなど弟と一緒に興奮しっぱなしで、この日だけは福岡県民で良かったと思いました。


デストロイヤーの引退、Uインター真冬の屋外興行、川田&田上組誕生、J・馬場&S・ハンセン組の最強タッグ出場などなど、この年もまだまだ語りたいのですが、今日はこの辺りでお終いにします。



<1993年 俺的プロレス大賞>


最優秀選手賞:天龍源一郎


ベストバウト:6・17 WAR日本武道館(1周年記念興行) 天龍源一郎 vs 橋本真也


功労賞:アンドレザジャイアント


次回はH・ホーガンのWCW登場でアメプロの勢力図が激変してくる1994年を語りたいと思います!


ご感想などありましたら頂けると有難いです。。。

(///∇//)