みなさまこんにちは。
今日は久しぶりに日記的な、完全なる独り言の記事です。ちょっと最近自分の思考がふらふらしつつあるので、ここに書き出すことで整理してみようと思い立ちました。あんまり明るい話ではないので、苦手な方はスキップしてくださいねm(_ _)m
突然ですが、みなさんにとって、東方神起ってどんな存在ですか?
といっても、なかなか一言で表現するのは難しいですよね(笑)。私も同じです。
もちろん東方神起のこと「好き!好き!大好き!!」なのですが、ふと冷静に考えると、「もしかしてこれって……依存なのかも」と、思えるときもあったりしまして。
「好き」が行き過ぎて、もはや「依存」になってしまう
こんなとき、ありませんか? 私は、あります。自分の私生活に余裕がなければないほど、この、あやうい境界線を、行きつ戻りつしているような気がします。
さかのぼること2年半。WITHツアーの時、私は仕事で人生最大の苦境に立たされていて、心身ともにダウン寸前でした。今思えば、その状況を鑑みると、トン活はお休みして、本当の意味での心と身体の休息のために休日を充てるべきだったのですが……心も身体も追い詰められていて正常な判断ができなくなっていた私は、そんな心身ともにボロボロの状態で、WITHツアー、全国回って行ける限り参戦してしまいました。
入隊前の最後のツアーだということも大きかったです。ですが、もうひとつ理由がありまして。「ストレスを打ち消すには、楽しいことすればいいじゃない」……この、考えです。これがいけなかった。この方法は、ストレスがまだあまり大きくない時には、有効な手段だと思います。仕事がどんなに忙しくても、TREEのツアーまでは、たしかにそれで乗り切れていました。でも、あまりにもストレスが大きすぎる時(WITHのときには、仕事の辛さに加えて人間関係にも悩まされていました)には、これが裏目に出てしまうこともあるんですね。過度のストレス状態にさらされて、心身ともに限界を超えそうな時には、何よりも優先して「休む」必要がある。そんなことも判断できないほど、私はそのとき「東方神起」にのめり込んでいたんですね。
「好き」が行き過ぎて、もはや「依存」になってしまっていた
前述した通り、WITHツアーの時には、完全に、「依存」のほうへ、境界線を一歩踏み越えてしまっていた……と、今にして思えば、そう感じます。もちろんこれは、自業自得なのであって、ユノとチャンミンのせいではありません。すべては自分の心の弱さがそうさせたのだと思います。
WITHツアーよりももっと前。そもそも東方神起にはまったきっかけからして、ちょっと「依存」めいたところから入ってしまったという経緯もあります。
遡ること、約6年。2011年の、あの震災の余波で仕事で半年以上混乱状態が続くなか、追い打ちをかけるように、その年末に、母がわりに私を育ててくれた祖母が他界。2011年末の、私の心に空いた穴は、あまりに大きなものでした。
そんなときに、彗星のように自分の眼の前に現れた「東方神起」という存在。
いやー、まぶしかったですね。本当にまぶしく見えました。今思えば、自分の中にぽっかり空いた穴をうめるために、どんどんどんどん、彼らにはまり込んでいったように思います。これは、これまでの「私がトンにはまった顛末記」にも書いてこなかったことなんですけどね(^^;) ミーハーな気持ちもあったのですが、じつはこんないきさつもあったんです。
悪い男やあやしい宗教ではなく、ユノとチャンミンにはまったということについては、自分の審美眼(?)をほめてあげたい(笑)し、東方神起にはまったことに何ら後悔はしていないのですが……。東方神起にはまった経緯を考えても、「辛い時に心の支えになってくれる=ユノとチャンミンという存在」この方程式(?)がすでにできてしまっていたように思います。THE☆重い系ペン:*:・( ̄∀ ̄)・:*:アハーハーハー
話を戻します。
その後、ユノとチャンミンは、お国の務めを果たすために遠いところへ行き……。私は長年蓄積された疲労とストレスが表出して、長いお休みをとることになりました。
そしてその、永遠に終わらないかと思える、どん底の日々の中で、自分を立ち直らせるために出会った人たちから、自分を見つめ、自分を大切にし、無理をしないことの大切さを教わりました。
そこで教わったのは、「自分の気持ちに正直に生きること」。
もともと子どもの時から、自分のしたいことよりは、周囲の期待に応えようとする、そんな子どもでした。そんな生き方を長年続けているうちに、いつの間にか「自分のしたいことは何か」がさっぱりわからない大人になっていました。「自分の気持ちに正直に、って言われても、自分の気持ちがどうなのかわかんないよ」って。
少しずつ、どん底な日々から這い上がり、ユノが戻ってくる頃には、もうだいぶ調子を取り戻しつつありました。そして、チャンミンが戻ってきて完全体の東方神起として復活するころには、私もだいぶ復活。よーしこれでもう大丈夫!と思っていた矢先、9月に、10年来かかえていた未解決問題に向き合わざるをえなくなり、一気にメンタルは不安定に。でも、問題から逃げずに、正面から向き合って、自分なりに決着をつけることができまして。10年間心にのしかかっていた重石が、やっとなくなったのでした。それゆえ、
人生の春!!
っていうくらい、それからは調子の良い日々を送っていたのですが、、、
完全体の東方神起が復活したのと、自分の人生の宿題が1つ片付いたことが重なった結果、「これで心置きなくトン活できるわ!!医師(せんせい)も、自分の気持ちに正直に、やりたいことをやるようにっておっしゃっていたし!!」とばかりに東方神起にのめり込みつつあり。また自分の悪い癖が出てきつつあるような……つまり、自分を見失いかけているような気がして……、ちょっとこわさを感じております。
医師(せんせい)からは、
「趣味もいいけど、ほどほどに。睡眠と、食事。趣味よりも、これを最優先にすること!」
って、はっきり言われちゃいました。
ソウデスヨネ。。。。
なんだか最近毎日が楽しくて浮かれていて、自分の生活の基盤がぐらぐらしつつありました。反省。
東方神起のことは好き。でも、依存はしないように。
ときに東方神起は心の支え。でも、依存はしないように。
自分の「つらい状況から目をそらすためにトン活にのめり込みすぎる」そんな自分の悪癖からは卒業したいと思います。
最後に、写真集「太陽」より、私の大好きなチャンミンの言葉を。
ひまわりって太陽の方を向いて咲いているんですよね。そして、太陽から栄養をもらって成長していく……。ひまわりって僕らみたいかなって思った。ファンに対する思いはそれに似てる気もするし、でも、時々、逆でなきゃいけないのかなって思ったり。たぶん、僕らとファンはお互いに、その時々で太陽になったりひまわりになったりしてるんだと思う。ただ、ひとつだけ気になるのは、僕たちを太陽だと思ってくれるとするなら、ひまわりみたいに太陽を絶対的な存在には思わないでほしいということ。
応援してくださるファンがいてこその僕らだとは思っているけど、アーティストはファンの人生においては、現実的な支えやパートナーにはなれないし、ステージや作品で期待に応えることはできたとしても、それぞれの生活や未来の責任を持ってあげられないから。僕らのことで、悲しませてしまったり、元気がなくなってしまったり、そういうことがあると僕も苦しい。『だけど、できることは歌うことくらいしかないんだよな』って。だけど、それくらいしかできないとしても、ひまわりみたいに太陽を見ると元気になれたり、栄養をもらえる、そんな栄養剤みたいな存在になれるんだとしたら、精一杯頑張りたいし、見ていてほしいと思う。
私、最初にこれを読んだとき、なんて素敵な人のファンになったんだろうって、嬉しくなったことを覚えています。ユノとチャンミンの言葉の中で、自分の中で宝物になっている言葉がたくさんあるんですが、チャンミンのこの文章も、私の中ではとても大切なものとして存在し続けています。
「東方神起」を生活の中心に据えるのではなく、自分自身の生活、人生を第一に考えて、進んでいく。東方神起のことを理解してくれる人もそうじゃない人も含めて、自分の周りにいてくれて、自分の支えになってくれる人との関係を大切にする。そんな生活がまず根っこのところにあってこそ、東方神起が好き、という気持ちだったり、ファン活動や応援活動を全うできたりするのかなって思います。チャンミンの言うように、「栄養剤」のような存在として東方神起を好きでいられたらいいな。なくなれば死んでしまう(by スリスリ)のでは、なくってね。いい意味で。
ビギアゲツアーが始まったこのタイミングで、一度、自分にとって東方神起ってどんな存在なんだろうということを再確認しておきたくて今日の記事は書きました。札幌で二人が言ってくれたように、これから東方神起とファンは離れ離れになることはないんだから、息切れしないように。もっと言っちゃうと「自滅」しないように……。そんなスタンスで、ユノとチャンミンをずーっと好きでい続けたいなと。そんな風に思います。
ビギアゲツアーが終わったら、自分の人生計画もしっかり立て直したいと思います!ちょっと…いやかなり、このツアーで諭吉さんが飛んでっちゃいましたからね!マネープランもきちんとたてて、破産しないようにツアー計画も立てられるようにならないと!トン活の日々はこれからずっと続きますから&長期戦ですからね〜。
今日はいつにも増して、私的な記事になってしまいましたね。
最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m