ボビー・マーホルツ:発病は1980年12月、17cmの大きさの膵臓ガンが見つかった。

1981年1月、手術を受けたあとで、5つのリンパ節にも転移があり、効果的な治療法はない
そして、確実に再発するが、その場合も治療法はない、と医師に言われた。

81年3月、サンディエゴのヒポクラテス研究所に行った。

もやしを食べ、かもじ茶をとり、ジュースを飲むといった食事を指示され、それを10週間やった。

81年7月、ティハナのゲルソン病院に行った。

菜食主義的な食事で搾り立てのジュースを1日にグラス13杯、生の子牛の肝臓のジュースなどをとらせ、
体内を解毒するためにコーヒー浣腸をやった。

私は非常によくなり、84年の初めまでこれを続けた。

84年9月、CTスキャンで肝臓への転移が見つかった。

84年11月、リビングストン・クリニックへ行った。

1年ここで治療を続けたがCTスキャンで腫瘍が大きくなっていた。

リビングストン・クリニックの療法はBCGワクチン、自家ワクチン、それに多くのワクチンを使い、
完全な菜食主義的食事で、ビタミンCを大量にとらせるものだった。

86年5月、私は違う療法を始めた。

ホクシイ療法でこれはいろいろな薬草の組み合わせやビタミン類やいくつかのホメオパシィの立場から
栄養補助剤などをとらせ、厳格な食事を守らせるものだった。

しかし、完全な菜食主義的な食事でもなかった。

88年6月、CTで肝臓の腫瘍はさらに大きくなっていて、その上、左の肝臓にも新しく転移していた。

88年10月、私はコントレラス病院へ行った。

リトレル、葉酸、ビタミン類と厳格な食事というのがここの療法だが、魚や少量の鶏肉は許された。

今までのどこのクリニックでもそうだったので、私はすべての加工食品、塩、砂糖、カフェイン、
赤身の肉、精白した小麦粉で作った食品、脂肪、特に動物の脂肪はすべて避けてきた。

 今までやってきたことを振り返って考えると

通常療法の医者が打つ手がないと言ってくれたことは逆に私には幸運だった。

もし、そうでなければ、私は代替療法のことを知る機会はなかったからだ。

私はどの療法でもいい結果を得、どのクリニックでも大きな成果を得た。

有害な手段を使う通常より、これらの療法ははるかにいいものと信じている。

 膵臓ガンは通常の療法で効果を上げるの最も難しいガンに思えるし、代替療法でも難物のガンに見える。

しかし私は8年間、いい人生を得て生きてきたし、
それは前述のそれぞれのクリニックやその無害な療法から学んだところに負うと考えている。

 また私は神に強い信頼を寄せ、ヴィジュアライゼーションや瞑想もしてきた。

 

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