ヘレン・M・カラン:1979年、55才の時、顔に悪性黒色腫ができ、
切除術を受けたが既に肝臓にも転移があり、余命数ヶ月と宣言された。
同じ頃、卵巣ガンで手術はしたが医師に強く勧められた抗ガン剤を拒否していた
親友のローラが、メキシコで治療を受けていた。
ローラは、私にも同じ治療を受けに来いとすすめたが、
私はまだ通常の医者のいうこのに縛られていた。
そこでローラに、「あなたのしている治療はインチキ療法だ。
そんな療法があるのならアメリカの医者もと答えた。リトリールを15gとビタミンC25g、それにいくつかのビタミンB群を含む点滴を3時間受けた。
やるはずだ」
私は自分が生きつつあるのを知り、だれがインチキ療法師なのかも分かった。
ティハナの病院には2週間いた。
退院1年後の肝臓のCT検査では肝臓の腫瘍は2つとも消えていた。
この11年間は私たち夫婦にとっても、結婚生活でいちばん幸福な11年間だったとさえいえる。
あなたも生命や健康は、いつまでもそのままつづくものではない、とは考えていよう。
しかし、私は自分が食事療法の食事を守り、リトリールをとっている限り、
自分の知っているほとんどの人より、自分が長生きできるのはまちがいない、と感じているのである。
数日後、かかりつけの医者に肝臓には依然として2つの腫瘍があると言われた。
このころには歩くのもやっとで、食欲もほとんどなかった。
そして突然、メキシコのティハナへ行って、ローラと同じ療法を受ける気になった。
少なくとも同病相憐れむ仲の人々がそこにはいて孤独ではないと思ったのだ。
1979年3月12日、ティハナへ行った。
医者が待っていてくれ、私は彼に肝臓のガンが治せますかと尋ねた。
彼は私にとってこれ以上にない言葉で答えた。「肝臓は簡単ですよ」
この人物が私たちが前から言い続けてきたインチキ療法師であろうがなかろうが、
いずれにせよ陽気な声のこの背の高い男は奇跡を行う人間ではあった。
私は
生の果物と野菜の皿が夕食に運ばれてきた。
多くの人が私に「あなたが治ったのはその療法を信じたせいだ」というのを、
これまで繰り返し耳にしてきている。
しかし、これは事実ではない。少なくとも当初に限っては事実ではない。
ティハナへ行く時、私は自分の考えもしない奇跡を期待していたとはいえ、
自分はインチキ療法に宗旨がえするのだという気持ちで行ったのだ。
2日のうちにかなり気分良くなった。
食欲も戻ってきて食事と一緒にとる酵素のおかげでガスの出る苦痛もほとんどなくなった。
たった3日後に夫が見舞いに来た時には、夫と一緒に400m離れた公園まで歩くことが出来た。
人気ブログランキングに参加しています!1クリックで応援してください。 これが私の元気のもとになります。ぜひ多くの苦しんでいる人に自律神経免疫療法(刺絡療法、つめもみ)を教えてあげましょう。
医院開業を考えている医師、独立開業を考えている方、詳しいことはホームページをご覧ください。
GOOD NEWS: