枝によって味が違うのは
考えてみれば
当たり前のことなのだが
その違いに大いに驚く

同じ場所だから野生のサクランボ自然条件はほぼ同じ
と思いきや
日当りがちがう

森の中に入って
探していたものは
野生のサクランボの木
実がわんさかとなっている

種類がちがうのではないかと
思うくらい
色もさまざま
大きさもさまざま

そして
お味もちがう

そうだ
人だって
同じ両親から生まれて
同じ家に育っても

顔も形も性質も
ちがうじゃない

ひとつぶ一粒
味がちがうのは当然なんだ

うっかりしていると
なんでこの子は。。。なんて
考えてしまったり
比較してしまったり

違うのが当然だってことを
頭ではわかっているのに

気がつくと
均一を求め
「平均」や「ふつう」や「同じ」を
追求していることがある

商品化の際に
日本人が
特に好む「均質」「同質」

生き物はひとつ一つちがう

生き物を商品と見立ててしまわないように
気をつけなければいけない時代になって
しまっているのではないだろうか


子どものためになる
社会性がある
それでも。。。
壁にぶち当たる
四方が壁だ

やめたくなる
もうやーめた!

幾度となく
投げ出したい気持ちで続けて来た
見知らぬ誰かのために始めた
ボランティア活動も13年を経過

今も壁にブチ当たっている

10人に聞いたら
9.5人は
「いいね、それはいいことだよ」と
答えてくれそうな事業でも

申請をして、後援をもらって
各部署にお手紙書いて
頭を下げて
なけなしのお金を使って

時間とエネルギーとお金を使って
やっと活動ができる

それでもやりたいのか
自分に問う

それでもやるのか
自分に問う

答えに迷って
投げ出したくなると
きまって
応援者が現れる

私もやります。
一緒にやりましょう!


「一緒にやりましょう」
この一言に
100万馬力の勇気をもらう

壁に一人で向かわずに
誰かと一緒に
壁に向えば

きっと壁は越えられるハズ



親は子どもが適度に静かだと安心する

子どもが読者なんかしてくれていたら
それはもうご満悦

子どもが夜8時に寝てくれて
朝5時に起きてくれたら
幸せさえ感じる

子どもの素行は
親の幸不幸さえ決める威力がある

子どもの成績は
親の成績とも言われ

こうして
子どもの状態が
親の精神状態に反映するのです

と、思いきや
実は逆

親の精神状態が安定していると
子どもも安定するのです

子どもがイラついていたり
子どもの心が安定していないときは

自分の状態を感じてみてください

何かに焦っていたり
気づかないうちにムリをしていたり

誰かと何かの狭間にいたり

精神的な安定を欠いているはず

子は親の鏡
しかも
増幅器がついていますから
何倍にも増幅されて表れてきます

肝っ玉かあさんに
なれたら
いいのにね