人は誰でも未来に起きることをある程度は知ってると思うんですよね。
 
 
量子物理の世界では、時間の流れは未来から過去にも流れるということが言われているようだし。
 
 
しかしこの「量子」という言葉、実に便利だね。なんかほら、スピリチュアルくささが薄まる感じするよね。
 
 
とりわけ、体面を気にする男どもが好んで使いたがるわけです。おまけになんとなく知的にもみられて一石二鳥。
 
 
という理由でのっけから量子という言葉をぶち込んでやったわけですが
 
 
さてこの
 
 
誰もが未来を知っているということだけど、少なくとも、みんな等しく知ってる未来がありますよね。
 
 
それは、
 
 
いつか必ずしぬということ。
 
 
その未来だけはみんな知ってるわけです。
 
だから、限られた時間を精一杯生きる原動力になってる。
 
 
いつかしぬ未来を知ってないと、まともに生きるのはムリなんじゃないかな。
 
 
不老不死だったら、そもそも「人生」なんて言葉は生まれないだろうし。
 
虫とか魚だってそうよね。いつかしぬって知ってるから生きていられるんじゃないかと思うんです。
 
虫や魚には痛覚がないから痛みを感じないと言われるけど、じゃあなんでころされそうになるとあんなに暴れるかって、たぶん「しにたくない」という本能みたいなのがあるからなんだと思うんですよ。
 
 
さらにいえば、
未来を予測しているからものを考え身体が動くのだろうと。
 
といった具合に、自分は未来に起きることを知ってるという感覚をあたりまえのこととして捉えていると、その感覚はどんどん鋭くなっていくんじゃないかなあと思うんですよね。
 
つまり、未来に起きることがより細かくわかってくるんじゃないかなと。
 
 
と、寝起きでここまで書いて、最終的に何が言いたいのかわかんなくなってきたので、あとは各自で考えてください(笑)
 
 
まあだいたい言いたいことはある程度言ったので満足です。
 
ちょっと二度寝しますね。
 
 

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エッセイについてはこちらの記事もご参考ください。

ぼくが助からなかった未来