なにもしたくなくなる

今(10/3)、夜勤の休憩中

『明日晴れるかな』を
聴きながら打ってます。
残りは帰宅してから打ち直します


☆最近、アクセス数が増え 見てくださる方がいると思うと、嬉しいです。
感謝しています。

それに、多少の誤解もあるようなので...

このあと、生い立ち?
今までの生き方?
なんかを書いてみようと思います。

マイナス的なことばかりのブログなので、嫌気がさす かと思います。
少し詳しく書くので、だらだらと長文にもなります。
あ...無理wと思われたらスルー?してください。




自分は3人兄弟の長男で、1つ下の弟と6つ下の妹がいます。
生まれは京都で、小学生に上がる前に親父の都合で母の地元(県外)に引っ越し、妹とは出生が違います。
小さい頃から気性の荒い弟と、意見や考え方の違いでぶつかることが多く、殴り合いの喧嘩をしては両親に怒鳴られていました。

当時、両親は共働きで親父は大工、母は看護助手でした。

妹が生まれ(夜中の台風上陸の最中、自分達が小さかったのもあり産婦人科で宿泊)、生まれて3ヶ月過ぎには保育所に預けられ、両親が留守の時のほとんどは自分が面倒を見ていました。
弟は友達と遊ぶのに夢中で、世話の事を言うとすぐ喧嘩になって、話になりません。

自分が保育所(年長さん3人(男2女1))で過ごしたのが半年くらいだったので、小学生での友達は2、3人はいましたが、話す程度の付き合いしかできず、妹や妹の遊び友達の面倒を見るのと、自分の宿題を済ますのがやっとの状態でした。

子供心に見知らぬ土地では他の子と打ち解けることもできず、孤立(殻に閉じ込もって)してしまい、妹の世話をすることしか頭になかったんです。

世話することに不満はなく、楽しくもあり満足してました。

もちろん、友達ができない理由を両親や誰かのせいにすることはなく、自身の弱さや打ち解けることへの勇気の無さが原因で悩んだこともあるからです。

ここでも、楽な方へ進む自分がいたなと気づかされます。

時にこんなこともありました。
妹と妹の友達とで遠出をし、帰りが遅くなり謝りに友達を家まで送ったのですが、『何やってるの!何かあったらあんた責任取れるの?』って叱られ、責任というものを知りました。


小4の頃には妹も手がかからなくなり、自分も要領を覚え、少しの家事や炊事洗濯の手伝いもできるようにもなりました。