英検は何のための試験か ― ゼロ点問題から考える制度の役割


先日、投稿した要約問題の

「全観点ゼロ」問題にていて多くの方に読んでいただきありがとうございます。


私も様々な媒体を通じて様々な

意見を目にし、皆さんの試験に対する関心、影響力を改めて感じているところです。


私はここで、個別の答案の是非を感情的に論じたいのではありません。

考えたいのは、英検という試験が本来果たすべき役割です。




英検は選抜試験なのか 


英検を実施しているのは

日本英語検定協会 です。


英検は大学入試に利用されることもありますが、制度の本質は

「到達度評価型試験」です。

なぜなら英検は国際指標CEFRに準拠しているからです。


英検がCEFR準拠を掲げる以上、

部分的に達成している能力をどう扱うか

形式的未達と能力評価をどう区別するか

ゼロ評価の位置づけをどう説明するか


は、制度的に重要な問いになります。




到達度試験が果たすべき3つの役割 


① 現在地を示すこと

② 足りない点を明らかにすること

③ 次の学習につながること


到達度試験は、学習者に「改善の方向」を示す存在であるべきです。




ゼロ点が意味するもの 


ゼロ点とは、

課題未達成

内容不成立

評価不能


を意味します。しかし、到達度試験においてゼロを出すならば、

「なぜゼロなのか」が推測可能でなければならない。


そうでなければ、学習者は


何が足りないのか

どこを直せばいいのか


を判断できません。それは学習指標としての機能を持ちません。




厳格さと教育性は両立できる 


私は評価が厳格であることに反対ではありません。

語数を守る

指示に従う

主張を正確に要約する


こうした力を求めることは

妥当です。


しかし、


厳格さと透明性はセットであるべきです。

形式未達で全観点ゼロになる設計であれば、

その設計思想は明確に示されるべきです。



英検が果たすべき役割 


英検は平たく言えば


「日本における英語能力の向上と、生涯学習の振興を通じて、

国際社会に貢献すること」を理念として掲げています。


だからこそ、継続的な学習を促すような試験でなければならないはずです。

ゼロ点の是非を超えて問われているのは、「英検が英語学習者にどう向き合う試験であるのか」という姿勢なのではないでしょうか。