SNSやYoutubeでアンチコメントをしている人って一体どういう人なんでしょうか?一般的には現状にめぐまれずお金もない友達も少ない人が書いていると言われていました。

しかし、本当にそうなんでしょうか?もう少し深堀して考えてみました。

 

ファンがアンチに変わる瞬間

一番多いのは嫉妬心を感じているということです。ザ・芸能人よりインフルエンサーなど少し自分に近い人が標的になりやすいです。

元ファンだった人がアンチに変わることも多いです。

初めは親しみやすくて自信もなかった発信者がだんだんキレイになってお金も稼ぎだすと自分が置いていかれたような気がして憎しみに変わってしまうのです。

他人の成功を見て自分のふがいなさに自信を無くしてしまい、不安をアンチコメントにぶつけてるだけなのです。

自分の力で引きずりおろしたい

現代社会ではスマホ一つで人を引き落とすことができる時代になってしまいました。

一般社会で注目されていない人でもネット上で炎上させて大きな企業が謝罪したりできる快感を覚えてしまうとやめられないのではないでしょうか。

自己承認欲求をアンチコメントによって満たしている

フォロワーの多い人に書き込むとそれだけで注目度が高まります。

なので自分の意見に注目されていると勘違いして段々エスカレートしてしまいます。

ストレスのはけ口

職場で嫌なことがあったとき、なんとか発散してやりたいと思った時、お手軽に出来るのがネット上の誰かに罵詈雑言を浴びせるという行為です。

SNSでアンチコメントをするためだけの裏アカウントを作っていたりします。

非常に危険なストレス発散方法ですが、やっている人は多いのではないかと思います。

自分が正しいという価値観を確認したい

あなたのことを思っての注意と見せかけてのアンチコメントをする人がいますが、それは自分の価値観が間違っていないと確認したいがために親切に見せかけてその人を貶めるようなコメントをしてしまうのです。

怖いのが本人すら、教えてあげてるという気持ちになり、アンチコメントしていると気が付かなくなってしまっていることなのです。

 

いかがだったでしょうか?

ふとした瞬間に人はダークサイドに落ちるので嫌なことがあっても決してアンチコメントをしないように気をつけましょう。

日々、投稿している「齋藤元彦」の問題 確かに自分の住んでる県の知事ではないし、被害が来るわけではない。 齋藤元彦が知事を続けようが辞めようが自分に何も変わる事もない。

・・・ではなぜこれだけ過剰に投稿するか・・・ 法治国家の日本で齋藤元彦のような政治に携わる人間がのうのうと県民の税金で自分勝手な行動をし県民に不安を与える。立花孝志と連携し悪行を重ね、そしてそのせいで5人もの尊い命が失われた。一般人であれ公人であれ、違法行為を平然とすること自体にいち人間、いち日本人として「倫理」「人権」「命」「権利」「ルール」を阻害する人間が許せないのです。 そしてみんなが自分の家族や職場など守っていかなければいけない存在・場所を守ることは人間として当然の事でそれに付随して法律がある。大きい小さいに関わらず法やマナー倫理観のない人間がいる事自体許せないと思うがため、批判的に見える投稿をしています。万人に理解してくれとは言いません。同調してくれる方だけでいいです。なので今後も齋藤元彦投稿やルール違反の投稿・晒しはやめません。ただ本人が確定する写真等は本人のご家族に影響があってもいけないので顔は映しません。(もちろん一般人のみの対応です。公人や有名人、車のナンバーは晒します)

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 昨今、SNSが異常なほど発展し老若男女、年齢問わず国民がSNSを利用している。

特に今重要視しているのは、SNSでの誹謗中傷・デマ・虚偽情報が当然のように出ていて社会問題になって令和7年4月から「SNS規制法」が施行されるとのこと。

SNSで集団で、人を貶める行為をしそれを「正義」だと勘違いしているユーザーが多いことについてその「集団心理」について有識者の見解を紹介する。

このケースは、浦和レッズサポーターの暴徒化した事件からの考察である。

もちろん顔の見えないSNSでの「文字の暴徒化」についても考えてみる。

 

なぜ浦和サポーターは何度も問題を起こすのか。どうしたら改善できるのか。集団心理に詳しい社会心理学者の縄田健悟さんに聞いた記事がある。群れて暴れる群衆は、現在の日本において社会課題の一つだと言えます。スポーツのファンに限らず、ハロウィーンの日に東京・渋谷で若者たちがトラブルを起こす事案もそうです。人は集団のなかでは個性が埋没して、匿名性が高まり、理性のハードルが下がって悪いことをしてしまう。社会心理学ではかつてそのように考えられていましたが、最近の研究は異なります。人はその集団の持つ価値観や規範に同調するのだ、と言われています。

 

綱田氏の考察から、この「匿名性」が問題で、特にSNSのような身元がバレにくいような媒体での集団心理による誹謗中傷の書き込みや立花孝志にような人間のデマを視聴者が信じてしまいそれに同調した匿名の集団が、違法であるということを忘れ「悪者退治」することで自分に陶酔し、自分が正しいことをしていると錯覚してしまうと言うだと。そして本来守らなければいけない法律が保護されていないと言うことになる。

一時期に横行した「特殊流動型犯罪=トクリュウ」と同じではないかとも取れる。

「言論の自由」と法では保護されてはいるがもはや言論は自由にはできない世の中になってしまったと感じてしまう。本当に苦しんでいて声を上げたい弱者が守られず、利権や欲に取り憑かれた政治家・宗教家・企業トップがやりたい事、言いたい事ばかり言い安全に暮らせる日本ではなくなってきているのではないかと思うばかりである。

 何度、啓発しても減らないSNSのアンチコメントする人間達。 

自分が正しいと勘違いして、他人に対しての誹謗中傷にも似たコメントは、XやInstagramだけではない。

YouTubeでの偏向動画や齋藤元彦や立花孝志の信者による攻撃などが社会問題となり国会でのSNSの規制法まで出る始末。 

高田馬場の殺傷事件も然り、発信する人間のモラルが問われる。

たかが文字だと侮っていてもその文字で心病んだりする人も多くいる。 SNSって知らない人と情報共有できたり同じ考え方に共感したりして交流が生まれる。しかし今のアンチの問題などのリスクも含んでいる表裏一体。 

人としてのモラルやルールは、幼少期の親の育て方や学生時代や社会人になってからの生活上での自己の経験値や学びの中で自然に構築されるもの。結局はアンチコンメンターはその辺が足りないから、問題が起こる。 

アンチは人付き合いにも問題があると思う。

 心理学者は言う・・・・・

アンチの正体は優越コンプレックス・・・・

この劣等コンプレックスがさらにひどくなると、今度は自分を大きく見せようとし、自分がいかにも優れている人物のように見せかけることで、劣等感に対処しようとします。 

この状態を優越コンプレックスといい、これがまさに誹謗中傷やアンチコメントをする人の心理状態だと言えます。

彼らが誹謗中傷やアンチコメントをする最大の目的は、「自分が傷つかないため」です。 

それは、彼らが自己受容感が持てていない証拠でもあります。 

 自己受容感とは、「自分はこれでいいんだ、ありのままで生きていけばいいんだ」と思えることです。

この自己受容感が低い原因は、それまでの育ってきた環境や過去の出来事が積み重なったことによるものです。

例えば、あなたのSNSの投稿に誰か見知らぬ人から誹謗中傷されたとしましょう。

誹謗中傷した人は何らかの感情を持って、そういった行動をしたのでしょう。しかし、それは「相手の課題」です。何か気にくわないことがあったとしても、その原因はあなたの投稿ではなく、他にある本人にしか分からないことです。

相手の課題である以上、自分がコントロールできるわけがありません。というか、あなたがすべきこと、つまり「自分の課題」ではないのです。

 これはブログやYoutubeを利用して発信している人に対してですが、 そもそも自分の意見を発信する行動に至った目的は何だったのか、をもう一度考えてください。誹謗中傷やアンチコメントをもらうような投稿をしている時点で、色々な考えや思いを発生させることができているということです。相手に刺さっているということです。その当初の目的を達成するために発信したのであれば、もう発信を終えた時点でその役目は終わりではないでしょうか? その投稿につけたいいねやシェアの数、動画の視聴回数はあなたがコントロールできることではありません。目的があって発信しているのであれば、その目的を達成するための記事を書くことだけを考えればいいのですから。

兵庫県の斎藤知事を巡る告発について、百条委員会による調査報告書の素案で知事のパワハラ疑惑を「おおむね事実」としたことがわかりました。元県民局長が斎藤知事のパワハラ疑惑などを告発した文書について、百条委員会は、2月議会に調査報告書を提出することを目指しています。報告書の素案は委員長が各会派の意見を踏まえて作成し、県関係者によると、パワハラ疑惑について「おおむね事実」、「パワハラ行為の可能性がある」と記載されたことが分かりました。また疑惑の調査が終わる前に元県民局長を処分した県の対応についても公益通報者保護法の観点で問題があるとし、懲戒処分の撤回を提言しました。

一方で、第2会派の「維新」はパワハラの認定や告発者への対応の違法性に否定的な意見を示しているということです。そりゃ、岸口・増山両議員が齋藤元彦支援として元県民局長の個人情報を流布した張本人ですからいちゃもんつけるでしょう。

 

 

 

県民の手本にならないといけない知事ですら、不正行為をする時代です。

こんな大人が跋扈する事を社会が放置するから、未成年者の非行や犯罪が罷り通るような世の中になってしまう。

自分たちが学生の頃、親も含めて大人が怖かった。親・教師・警察・近所の大人etc・・・・

ちょっとでも目立つ行動を見られたら、しっかり怒られたし夜な夜な徘徊してたら補導員にすぐ補導されてた。

また、暴走族も少なかった。(もちろん地方によっては、未成年暴走族の問題が激化してるとこもある)

政治家の不正行為等もあんまりなかった気がする。

 

この令和の時代、政治家も含め大人がしっかりと若者に道を開く世の中じゃなくなってるのは、地方都市に住んでいても実感する。

「自分が良ければ他人がどうなろうと関係ない」と風潮があり私が経験した介護現場でも同じ事が起こる。

地方都市の一般人でも「パワハラ」「労働基準法違反」「道路交通法違反」・・・・・

本当に「他人に対する優しさ」や「譲り合い」「法律遵守」「道義的責任の欠如」が顕著に社会に蔓延してしまった。

 

あと数年後、本当に住みにくい世の中・うつ病等の精神疾患に罹患する人・犯罪者の低年齢化等が当たり前になる世界になるような気がして正義感の強い自分も社会から抹殺されるのか?とも危惧しています。