1月29日のエントリーで、「大正5年12月の高等土地調査委員会の裁決書があれば、さらに内容が詳しく分かるんでしょうけど、今のところ見つかっておらず。」と書いた李震の土地に関する高等土地調査委員会の裁決書について、毎度お世話になっているxiaoke氏が複写してきてくれたので御紹介。

ってことで、早速。
1916年(大正5年)12月13日『朝鮮総督府官報第1308号』より。

1916年12月13日李震 (クリックで拡大)

公示第157号
李震、朝鮮総督府慶尚北道長官鈴木隆、金庸洛外一名より申請に係る土地査定に対する不服申立事件に付、高等土地調査委員会に於て審査の上左の通裁決せり。

大正5年12月13日
朝鮮総督府高等土地調査委員会委員長 山縣伊三郎

高委第647号

裁決書

大邱府上西町六十番地
不服申立人 李鐘龍事 李震

右土地査定不服申立事件に付裁決すること左の如し

主文
大邱府鳳山町二百三十番林野別紙図面(イ)の地域は、李震の所有とす。

事実及理由
不服申立の要旨は、主文記載の地域は不服申立人の所有なるに拘らず、臨時土地調査局長は之を国有の二百三十番林野に量入査定せるに因り、所有権名義訂正を求むと謂ふに在りて、不服申立人は国有地保管者慶尚北道長官連署の訂正図面を提出せり。
依て之を審査するに、臨時土地調査局長は実地調査の際、地主総代等立会の上本件地域を国有と認め査定したるものなりと雖、其の査定の事実に相違し、右地域が国有に非ずして李震の所有に属するものなることは、前記書類に徴し明瞭なりとす。
仍て本会は、不服申立人の主張を正当と認め、臨時土地調査局長の査定は之を取消し、主文の如く裁決す。

大正5年11月27日
朝鮮総督府高等土地調査委員会
委員長 山縣伊三郎
委 員 渡邊  暢
委 員 法学博士秋山雅之介
委 員 生田清三郎
委 員 遠藤 柳作
ああ、やっぱりここも林野でしたか。

ってことで、李鐘龍こと李震と朝鮮総督府慶尚北道長官の鈴木隆との連署によって訂正図面が出されたんですね。
で、土地調査当時、地主総代等の立会の上でこの地域を国有と認めたものだけど、その査定は事実と違って李震の所有であることはその訂正図面に徴して明らかだ、と。
ってことで国有地であることを取り消して、李震の所有と査定されたわけですね。

1月29日のエントリーでは、「相手方が銀行なので、もしかしたら土地家屋証明規則とかで典当の証明受けてた案件で、それがあったから高等土地調査委員会でもすんなり所有権認定したのかも。」なんて予想してたわけですが、外れましたね。(笑)
慶尚北道長官の鈴木隆との連署による訂正図面が決め手だったようです。

つうか、この時の高等土地調査委員会も、出席者全員日本人だし。

日本人長官との連署図面によって、日本人だけの高等土地調査委員会で、陸軍所管の国有地が朝鮮人の所有地に変更されるわけですよ。(笑)


ってことで、おしまい。



土地調査事業のここまでの整理
土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (一)
土地収奪の具体例 ~ 李震の場合 ~ (二)
土地収奪の具体例 ~李啓恆の場合~