はい。
今回の連載も順調に30回経過。
最早、長くなることにあまり心理的な障壁を感じなくなってたdreamtaleです。(笑)
本題に入る前に、2つニュースを。
靖国神社に参拝する朝鮮皇族の写真…韓国初公開
久方ぶりの李泰鎮教授です。(笑)
まぁ、内容は一読すれば誰でもツッコミ可能なので、敢えて触れませんが・・・。
相変わらずですねぇ。
盧大統領「日本は過去を反省し、謝罪を裏付ける実践を」
「外交戦争」とか、「最後通牒」とか言ってても、結局今までと同じということで、良いですか?( ´H`)y-~~
じゃあ、参拝しようがしまいが、関係ありませんね。
さて、露館播遷以降の韓国の状態って、日露戦争までは大雑把な話しか知らなかったので、結構勉強になってるんですが、それと同時に「昔からこうだったのね」という思いを強くしてみたり。
兎も角、『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/5 明治31年10月25日から明治31年11月26日(レファレンスコード:B03050003200)』を先に進めていきましょう。
今日最初は、日置臨時代理公使からの電文。
1898年(明治31年)11月26日発『電受第373号』。
第138号日本への亡命者が帰国したり、帰国しなければならないという風説が出たり。
昨今、亡命者中追々帰国するものあり。
又、帰国すべしとの風説頻りなり。
然るに今日の場合、彼等の帰国は一方に於ては帝をして益々狼狽せしめ、一方に於ては万民会の気焔を高め秩序の回復を困難ならしむるの傾きあるに付、当分の間彼等の帰国は一切差止めらるる様致したし。
火事場のどさくさに紛れて・・・。
高宗は元々、6月24日のエントリー等に見られるとおり、皇帝になるのと同じくらい亡命者を処分したがっていたわけで、当然趙羲淵や禹範善、安駉壽なんかの危険人物が帰ってくるのを恐れる。
一方で、万民共同会は勢いを増して、秩序の回復がさらに困難になるだろうから、当分の間出国差し止めをして欲しい、と。
まぁ、混乱に乗じて何かしでかしそうだから、帰国させんな!ってのは、妥当な線でしょうねぇ。(笑)
続いては、8月13日のエントリーでの弱気になった青木の電訓に対する、日置の結果報告について。
1898年(明治31年)11月26日発『電受第374号』。
第139号第68号は、8月13日のエントリーで「速やかに鎮定しなければならない」にトーンダウンし、ロシア公使だけじゃなく各国使臣と話し合って進めてねと述べていた電文ですね。
第68号御電訓の主意に依り昨日謁見を為し、1時間余に渉りたり。
昨今に於ける当国形勢の危急なること、外国干渉の及ぶ場合等を万国公法に照し精しく説明して、一刻も速に秩序を回復するに必要なる手段を施すべきを以てし、且つ帝国政府の此勧告は、当国独立の安全長久ならんことを希望するの真情に出でたるものにして、復た実に此勧告を要する事由を認めたるに出でたることを懇々陳奏したり。
尚ほ、序に本官の私見として、陛下は今や全く政府を有せられず、随て政事を行はるべき理由なきに付、先づ第一に鞏固なる政府を立て、之に任じて必要の措置を為さしむるべきこと、并に、政府の力は帝の信任と、国民の輿望と、■臣の一致とに依り生ずる次第、及び斯る政府を組織する方法等を詳細に陳述したり。
陛下は深く帝国政府の真実なる勧告を謝し、且つ本官の勧告に依り政府を組織せしめ、一切の常務を之に委任すべしと述べられたり。
而して、閔泳煥・朴定陽の2名は、正さに其適任者なるを以て、彼に政府の組織を委任すべしと伝へられたり。
然れども、退て考ふるに、帝は果して能く本官の勧告を実行し、閔・朴等果して能く此■局に当るべきや疑なきを得ず。
兎に角本官に於ては、差支なき範囲内に於て秩序の回復を援くべき■■の手段を施し居れり。
尚ほ、謁見の終りに於て侍座の面々を斥け、密話せられたるときの口気より推測するときは、帝は一身の安全を■遣はるるものの如くなれば、場合に依りては或は我守備隊は、保護を依頼せらるることなしとも計られずと考ふ。
又、帝は本日各国使臣を引見し、同時に人民并に褓負商に対し解散の説諭せらるる旨の通知に只今接せり。
これに基づいて日置は謁見し、韓国の状態に危険が迫っており、外国に干渉される場合について万国公法に照らして詳しく説明。
万国公法の干渉権の話というより、寧ろこれまでの流れを見るに、自主国かどうかという話と思われます。
自主自治の国力が欠如していると判断された場合、半自主国というか、保護国と見なされるような。
この後出来る大韓帝国国制で、必死になって自由独立とか、万国公法でいう自立政体とか言ってるのが、この時の日置の勧告が発端だったりしたら、面白いよなぁ・・・。(笑)
兎も角、一刻も早く秩序を回復する手だてを講じることが必要だ、と。
で、日置の私見として、高宗の信任と、国民の輿望と、閣臣の一致に基づく強固な政府を組織し、必要な措置をさせる事とその組織する方法などを述べる。
高宗は深く感謝して、勧告に基づいて政府を組織し、閔泳煥・朴定陽の2名が丁度適任者なので、彼等に政府を組織させて一切の仕事を委任してみるよ!と。
高宗はそう言ったものの、日置は高宗がマジで勧告を実行するか、閔泳煥や朴定陽がこの難局に当たるか疑問だったりするわけで。
尤もな疑問だねぇ。(笑)
で、高宗は自分の身の安全第一なので、もしかしたら日本守備隊に保護依頼するかも知れんよ、と。
自分の身第一、自分の財産第一。
ある意味正直者ですな。
続いて、前回の青木からの電訓に対する日置臨時代理公使からの返電。
1898年(明治31年)11月26日発『電受第371号』より。
第140号確かに、最初から日置が慎重だったところに、8月12日のエントリーで青木が無茶な事言っただけですからねぇ。(笑)
第71号貴電了承せり。
本官は、最初より極めて慎重の態度を取り、干渉ヶ間敷処置は曾て為さざるのみならず、苟も我政府を「コンプロマイズ」する如き虞あるの処置は、決して為さざるなり。
御安心を乞ふ。
まぁ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ、って所でしょうか?
前回の青木からの第71号で求められていた謁見の様子については、前電で間に合ってるという判断でしょうね。
さて、次からは『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/6 明治31年11月16日から明治31年12月10日(レファレンスコード:B03050003300)』に史料が移ります。
日置からの、1898年(明治31年)11月26日発『電受第375号』より。
第141号おー。
昨日本官の与へたる勧告は、大に皇帝を感動せしめたるものの如く、未曾有の奮発を以て秩序の恢復に着手し、午後1時、親ら■ン禮門に臨御し、公同会員及褓負商各200名を呼出し、融和的勅諭を下し、懇々に其解散を命ぜらる。
之が為め、両者大に感激至極。
好感情を以て、皇帝の万歳を三呼して、孰も解散の途に就けり。
各国公使中、露公使を除き其他は此式場に参列せり。
一般人民は、今日の形勢を以て全く本官内謁見の結果に出でたるものとし、暗に之を徳とせり。
先日来逡巡中なりし政府大臣等も、皇帝の大勇断と当方の勧誘に励され、大抵参列せり。
高宗、頑張ったねぇ。(笑)
自らおもむいて調停に乗り出し、解散させる事に成功。
っていうか、これを受けて感動し、しかも高宗の万歳を三唱するって・・・。
すっかり何で運動始めたかとか、何で怒っていたのかとか、すっかり忘れてる予感。(笑)
純朴というか、単純というか、権威に弱いというか・・・。
今日はこれまで。
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