ねぶたを跳ねる気力はあっても、体力に自信が無いお年頃なため、躊躇しているdreamtaleです。
ども。
さて、前回は、独立協会の運動に関する報告が入ってきていました。
今日も引き続き、独立協会関係の話になります。
『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/4 明治31年9月23日から明治31年10月30日(レファレンスコード:B03050003100)』から、1898年(明治31年)10月19日発『電受第308号』。
第111号Σ (゚Д゚;) エッ!皇国協会が民選の議院設立を建白?
独立協会の反対に立つ皇国協会なる団体は、此程民撰議院設立の建白書を呈せり。
政府は之に対し、未だ民度幼稚、之に達せざるを以て不可なりとの復牒を与へたるを憤慨し、一昨夜同協会員2、300名議政府参政朴定陽の邸を囲み、交通を遮断し、曩に政府は独立協会の建議を容れ更迭したる例あれば、我等の建議亦之れを容るるの当然なりと強請し徹夜去らず、遂に朴をして辞表を呈せしむるに至れり。
其他の大臣も亦、政府の力微弱にして到底該団体の反抗運動を抑圧する能はざるを悟り、一同辞表を呈したり。
知らんかった・・・。_| ̄|○
えーっと、皇国協会が民選議院の設立を建白したところ、政府は、まだ民度が幼稚であり、民主主義を行えるだけのレベルに達してないから駄目だと、或る意味当然の返事。
現代韓国ですらアレ(注:画像です)ですからねぇ。(笑)
当時であれば、「衆愚政治」にすらならなかったかも知れませんな。
まぁ、だからといって「高宗がトップなのと、どちらがマシなの?」などと聞かれると、返事に窮するわけですが。(笑)
この返答に、皇国協会は憤慨。
10月17日の晩から、皇国協会員2~300人が参政朴定陽の家を囲み、通行を邪魔する。
で、「この前は、独立協会の建白書で大臣更迭したニダ!ウリ達の建議も受け入れるのが当然なの!o<`ω´*> o」と、何の理屈にもなってない理由で強く要請。(笑)
徹夜で要求された朴定陽は辞表提出。
だから、何で簡単に辞めるかなぁ・・・。(笑)
で、その他の大臣も、政府の力があまりにも弱く、皇国協会の反対運動を抑えられない事を悟って、みんな辞表提出。
前回、大臣の入れ替えがあったばかりなのになぁ・・・。
続いて、1898年(明治31年)10月20日発『電受第310号』より。
第112号結局、朴定陽と尹用求が辞職。
議政代理参政朴定陽、宮内大臣尹用求の辞職聞届けられ、其他大臣の辞職は許されず。
というか、プレッシャー掛けられた朴定陽は兎も角、尹用求は何で辞職を認められたんだろう?
で、辞職があると言うことは、新たに大臣となる者も居るわけです。
1898年(明治31年)10月21日発『電受第315号』から。
第113号7月29日のエントリーで独立協会と激突し、その後免職となった趙秉式。
尹容善議政に、趙秉式議政府参政に任ぜられ、閔丙奭が宮内大臣に転任せり。
高宗は、その時の尹致昊の「趙の在職は国人の不平とする所」を忘れてしまったのか、独立協会自体がウザくなったのか、わずか1ヶ月で参政大臣として復活。
面白くなってきました。(笑)
次は、これに関連した報告。
1898年(明治31年)10月22日発『電受第318号』。
第114号_| ̄|○
曩に、独立協会に於て大臣排斥運動の結果免官となりたる尹容善、一昨日議政に任ぜらるるや、同会員大に憤懣し、其徒数百人尹氏の邸を囲み、遂に復た辞表を呈せしめたり。
問題になったのは、趙秉式じゃなく尹容善の方だったか・・・。
この大臣排斥運動は、前回の1898年(明治31年)10月13日発『電受第297号』で報告されていたものでしょうな。
名前が出てなかったから、ノーマークでした。
まぁ、折角辞任に追い込んだのに、2週間もたたずに復活してるわけで、怒るのは当然でしょうね。
しかし、やり方が前回同様私邸を多人数で囲んで要求って・・・。
味をしめたんだろうなぁ。
しかも、同様に辞表出させるのに成功しちゃってるし。
続いても人事の話。
1898年(明治31年)10月22日発『電受第317号』。
第115号今度は、これまた前回外部大臣を辞めたばかりの趙秉稷が度支部大臣に復帰。
趙秉稷度支大臣に。
金明奎農商工部大臣に。
サイエキゲン議政府参政に、何れも任ぜられたり。
サイエキゲンとあるのは崔益鉉のことであり、勿論「崔益鉉の断食死説」で取り上げた、俗説からいくと90日も断食して死んだ事になる、あの崔益鉉である。(笑)
と、ここまで書いて気付いたんだけど、電報はカタカナ文であることから、「参政」と「賛政」がごっちゃになってますね・・・。
尤も、あまりに人事異動が激しすぎて、意外とどうでも良い感じになってる気もしますが。(笑)
さて、次が今日最後の史料となります。
1898年(明治31年)10月25日発『電受第321号』。
第116号中枢院官制改革と、不必要な徴税の廃止と、尹容善の免官を迫ろうとして集会したところ、警務庁は巡検を派遣してちからずくで解散させようとした、と。
独立協会は、過日政府に交渉したる中枢院官制改革及無名の徴税廃止一件の採用、及議政尹容善の免官を迫らんとして集会を催したるに、警務庁は■検を派し、威力を以て解散せしめんとしたり。
然るに協会員大に激昂し、一同警務庁に押寄せ昼夜去らず。
是に由りて、政府は遂に其請願を容れ、独立協会議長尹致昊を中枢院副議長に採用し、且つ其官制を改革すべき旨の詔勅を下せり。
然れども、協会員は請願の全部採用せられざれば退去せずと称し、今尚ほ去らず。
これに対して独立協会員は激昂し、警務庁に押し寄せて包囲。
このため政府は、独立協会の議長である尹致昊を中枢院副議長にして、官制改革も行う旨の詔勅を出して、懐柔しようとするんですね。
しかし、徴税の廃止と尹容善の免官については何も無いわけで、全部採用しなければ退去しないと言って、未だに包囲中、と。
んー、独立協会もかなりアレだけど、政府もかなりアレだよなぁ・・・。(笑)
今日はここまで。
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