今回あたりから、前回までの連載において出てこなかった新聞社も、ようやく出てくるようになる。
京城日本新聞記者団の原型らしきものが形成される過程という事になるだろうか。
それでは早速いってみよう。
史料は、1909年(明治42年)2月24日付『憲機第427号』より。


過般、新義州へ行幸あらせられたる節、韓国学校職員及其生徒中に日本国旗を破棄したるものありたる事件に付、統監府当局者が、之に対し日本の威信に関するを以て此際公開演説会を開催し、世論を喚起して当局者を覚醒せしむるの必要ありとし、大韓日報之れが主宰者となり、来る27日京城旭町歌舞伎座に於て政談演説会を開催する計画中にて各新聞及通信社に向け賛否問合中の趣きなるが、昨23日迄左の通り申込みありしと。

不賛成 京城日報
賛成 電報通信
同 大坂毎日
同 時々新報

他は目下交渉中。
時日は劇場の都合に依り、変更するやも知れずと云ふ。



この史料で指す「国旗破棄」が、具体的にどういったものかは不明である。
次に紹介する史料を併せて勘案するに、新義州の学生たちが純宗の行幸に際して日韓両国旗を持ってくる筈だったのに、結局韓国旗しか持ってこなかった事を指しているのだろうと思われる。

比定が甘くて申し訳ないが、兎も角「国旗破棄」事件があったため、統監府当局者が公開討論会を開催し、世論喚起し、当局者を覚醒させる必要があるとした、と。

ところが、その政談演説会には、統監府の御用新聞とされる京城日報は不賛成。
次の史料において演説会の概要が記されているのだが、そこでも伊藤統監の対応を疑問視する内容が記されている。
ならば、この統監府当局者が話の出所であるのが本当だとすれば、伊藤のぬるい対韓政策に反対の立場であって、且つマスコミに演説会を開かせる事の出来る人物ということになろう。

此処で問題です。
統監府当局者であるにも係わらず、この時伊藤博文の方針等に反対だった、マスコミを動かせる人は誰でしょう?

私には某嘱託員しか思い浮かばないわけだが、某嘱託員はこの頃には渡日している可能性もあり、断定できる史料が無いため名前を出すのは避ける。(笑)
読者の方で、伊藤に反対する統監府当局者を思いついた人が居たら、コメント欄で教えてください。

そして、この政談演説会の内容を記した史料が、1909年(明治42年)3月1日付『憲機第466号』となる。


2月27日午後7時より、京城旭町劇場歌舞伎座に於て各新聞(京城日報は加らず)及び通信社員等が開催したる国旗問題に関する政談演説会の状況。

一.午後7時20分頃、会場は満員となり立錐の余地なかりし。

二.演説大要
大韓日報記者山道亞川、発起人を代表して開会の辞を述べ、次に

電報通信社 能島 進
「国旗事件の経過」なる演題にて、内部より行幸地へ出張の官吏は、其出張先きより文書及電話にて学校生徒に日本国旗をも持たせ、奉迎せしむることに交渉したる顛末より、国旗を破棄するに至る迄の経過を論じ、伊藤公は之れを或は不問に附せんとするも、我々日本国民は決して之を黙過すべきにあらず云々。

大坂朝日 記者 大村 琴花
「国旗問題とは何ぞや」なる演題にて、我が日本は、韓国の為め幾拾萬の犧牲と幾拾億の財貨を棄てて今日に及びしものなり。
元来此韓国なるものは、我日本より云へば無能力者にして、即ち禁治産を受け居るものに等しき地位に居るものと云ふを得べし。
此被保護国たる韓国に於て、如此問題の起るは我々日本国民として頗る遺憾とする処なり。
第3たる外国に対し、恥ぢ入る次第なり。
故に此問題は決して軽視すべきものにあらず云々。

大韓日報 記者 山道 亞川
「革新の気運」なる演題にて、南北巡幸が果して幾何の効果を奏したるか。
却て日韓の和親を破るの結果を生ずるに至れり。
然れども、吾人は努めて沈黙の態度を取り其筋の処置を待つと雖ども、国旗問題に付ては何等の処置を為さざるを以て、日本国民として沈黙する能はざる場合に遭遇せり。
本問題は、日本帝国を侮辱したるものに付、韓国上下をして謝罪せしむるは素よりの事なるが、関係当局者を処決せしめざる可からず云々。

雑誌朝鮮 記者 釋尾 旭邦
「国旗問題は最後の洗礼を受くるにはあらざるか」なる演題にて、統監府設立以前と統監府設置後の韓国人は、其性質が全く異り居れり。
統監府設置以前の韓国人は、日本人に対しては万事服従し居りたるが、統監府設置後の韓人は、頗る暴慢にして反って日本人を侮辱す。
国旗問題の如き之れなりとて統監府の施政は懐柔に過ぐと為し、尚、在韓日本官吏が韓人官吏に対し頭の上らざるを冷評したり。

時事新報 記者 久田 日宇
「所謂国旗問題」と云ふ演題にて保護国と被保護国の関係を説きて、国旗問題を普通人、即ち無教育なる韓人の事とすれば問題となるべき事柄にもあらざるが如し。
然れども、苟も子弟教育の任にある学校教員或は其教育を受けつつある生徒、又た之れを司る処の学部に関係ありとすれば、決して恕すべき事にあらず。
将来韓人の行動を見て、我々は決して楽観する能はず云々。

京城新報 記者 峯岸 繁太郎
「偶感」と云ふ演題にて、我帝国の日章旗に対し被保護国民が之れに対し凌辱を加へたりとは、之れ実に容易ならざる問題なり。
辰丸事件に付ては、支那は謝罪したる先例あり。
然れども、支那と異り宗主国の国旗に対し陵辱したる不徳無礼に至ては、未だ曾て諸外国に其例なし云々。

大韓日報記者山道亞川は、演壇に立ちて左の決議文を読み上げ、満場拍手喝采にて之れを迎ひ演説会は無事解散せり。
時21時20分なり。
韓皇巡幸中に起りたる韓国人の我帝国旗に対し不敬行為は、日韓両国の親善を阻害するものと認め、当局者の処決を促し、以て統監政治の刷新を期す。

以上。



えーっと、まず一言叫ばせて下さい。

朝日新聞キタ━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!(笑)

っと落ち着いたところで(笑)、電報通信社の能島進は、恐らく後に大阪電通の社長になる能島進であろう。
「伊藤公は不問に附すかも知れないが、我々日本国民は黙って見過ごすべきではない。」と。
煽ってますねぇ。


大阪朝日新聞の大村琴花は、「韓国は無能力者にして、禁治産者に等しい」と。(笑)
いや、その通りなんだけどね・・・。
しかも、国旗に対する姿勢が、今の朝日新聞と180度違うのが更に笑えますなぁ。


そして、主催者である大韓日報の山道亞川は、「我々は処分が決まるまで黙っていたが何の処置もない。韓国上下に謝罪させるのは素より、関係当局者を処決させなければならない。」
謝罪汁!(笑)


雑誌朝鮮の釋尾旭邦が、「統監府の施政がぬるいから韓国人がつけ上がってんだろ。」と。
んで、次が非常に面白い一言。

「在韓日本官吏が韓人官吏に対し頭の上らざるを冷評したり」。
さて、真偽はどうなのかねぇ・・・。(・∀・)ニヤニヤ



時事新報の久田日宇は、他の面子に較べれば比較的順当な意見。
但し、何気に「普通人、即ち無教育なる韓人」と言っていたりするわけで。(笑)


京城新報の峯岸繁太郎。
辰丸事件とは、恐らく公文では第二辰丸抑留事件と呼ばれる事件を指すと思われるが、経緯が不明。
つうか、「宗主国の国旗」って。(笑)


ということで、面白すぎるこの政談演説会は、日韓両国の親善の為に統監政治の刷新を求めて終わった。
ここで言う「統監政治の刷新」を各演説の内容から推測するに、より厳しい対処をしろという事であろう。

現代においてすら、韓国で日の丸に火を付け或いは食べる等の行為が行われる事に対して、普段はあまりの前近代人ぶり若しくは馬鹿さ加減に大笑いしている私でも、目の前でそれを行われればぶん殴るぐらいはするであろうし、「国旗」に対して特別な感情のある者以外にとっては、少なくともむかつく行為ではあろう。

演説個々の中身は兎も角、厳正な対処を求める姿勢はある意味において正しい。
しかしながら、前近代国家である大韓帝国に於いては、他国の国旗の毀損等については当然法制化されていないであろう。
その事から考えれば、統監府の姿勢の方が正しいという事になる。


と、最後だけ真面目に語ったところで、今日はこれまで。(笑)


京城日本新聞記者団(一)
京城日本新聞記者団(二)
京城日本新聞記者団(三)
京城日本新聞記者団(四)