今回の史料は、本筋から少しだけ離れる。
前回扱った、『機密統発第30号』と『機密第6号』の間に為された二つの報告である。
それでは早速。

1907年(明治40年)5月9日付『機密統発第51号 外国人「ハルバート」帰国に関する件』より。

米国人「ハルバート」は、日露戦役中韓国政府の中学校雇教師を辞し、韓国皇帝の親書を携帯し、米国に赴きて韓国の独立運動を試み、其後再び当地に帰来し、当人の主裁に係る「コレアレヴェー」紙上に於て韓民を煽動するの言論を逞ふし、其の廃刊の後は「ベセル」の新聞事業に関係し、或は韓国に関する書を著はし、或は諸種の記事論説を外字新聞に投寄し、終始我対韓政策を阻礙するの挙に出でたるものにして、同人は過般韓国より永久引揚げの覚悟にて其の家財を公売に附し、去る八日、韓人夫妻両名を従者に件ひ一家を提げ京城を出発せしが、其の前程は、一先づ神戸に到り、暫時同地に滞在し、更に敦賀を経て浦潮斯徳に渡り、西比利亜鉄道にて露国に到り、米国に帰還する趣に有之候。
而して同人は、単に当地を引払ふに過ぎざる旨揚言し居るも、帰途海牙に於ける万国平和会議を利用し、日韓の関係を阻礙し、往年米国に於て試みたるが如く、海牙に於て何等韓国の為めに為す処ありむとするの風説あり。
元来右「ハルバート」なるものは、当初無一物にて渡韓し、京城に居住すること二十余年。
其間教師と為り、又は新聞事業に関係し、地所の売買其他種々の手段に依り、遂に十数万円の資産を作りたるものにして、日露戦役後韓国の否運に陥りたるや、其同国人「コールブラン」及「ボストウヰツク」等の企業不利の状あることを憤慨し、宮廷及右両人等の内意を承け、力を我国の批難に盡したるものなれば、彼の欧洲に在ると米国に帰還するとに論なく、依然我国に不利なる言行を敢てするは必然なるべしと被存候。
右御参考まで申進候。

敬具

追而同人が海牙に赴くとのことは、真の風説に過ぐず候得共、或は韓廷の密使と称し、各国委員を歴訪する等のこと有之哉も難計と有之故、本文の趣、為念都築大使へ通報方可然御取計相成候様、致度此段添て申進候。



ホーマー・B・ハルバート(Homer Bezaleel Hulbert)。
現代韓国においては、大韓帝国の国権回復運動に積極協力した人物とされ、現在もソウル新村の外国人墓地公園に墓碑があるらしい。
日本においては、彼の著書『朝鮮亡滅』が良く知られている。

無一物で渡韓し、二十数年で十数万の資産かぁ。
大韓帝国の年間国家予算の約200分の1、国債報償運動で大韓毎日申報に集まった義捐金の約2~3倍だな。
うーむ。

「コールブラン」及「ボストウヰツク」等の企業とは、時期的に見て以前のエントリーで取り上げた京城電気会社ではなく、鉱山関係の企業の事であろう。
当時の日本としては、やはり利権絡みでの活動であると見ていたようである。

皇城基督教青年会設立の立役者であり、恐らく密使の一人である李儁とは面識があったであろう。
設立に当たっては宣教師アンダーウッド(Underwood)との対立が見られ、そういった意味では宗教上の主導権争いもあったのかもしれない。
そういった捉え方をすれば、『朝鮮亡滅』に見られるような記述も理解できるだろう。

次に、伊藤博文から林外務大臣に送られた、1907年5月19日付『往電第31号』を見てみよう。



韓帝の外国に向て運動せらるる陰謀は、昨年以来常に絶へざる所にして、専ら露仏に信頼し、独立を回復せんとの企画なり。
両国総領事は、帝室より交渉ある毎に之を本国政府に電報し、本国政府の訓令に依り、之を排し、或は之を容るるものたる証跡顯然たるに、李容翊を介し交渉したる時にも仏国は之を排し、露領事は之を容れたるの事蹟あり。
此節、平和会議の起るに至りて、米人「ハルバルト」に巨額の金員を附与し、派出することに相成りたるに就きても露仏領事に依頼し、本国政府の幹旋を求めたり。
仏国領事は、其愚策たるを告げて之を排せり。
是れ、其の本国の訓示に基くものなり。
露国は之を容れたるに疑なし。
故に「ハルバルト」は、専ら露国に依り目的を逹せんと謀り、凡ての資料を蒐集し、之を齎し、既に敦賀・浦塩を経て、西比利亜鉄道にて欧洲に向へり。
皇帝の金策、其他の計画明なるは仏国総領事の本官に密告する所にして、亦他の外国筋よりも同一の密報に接せり。
現仏領事は、「プランソン」と交誼親密ならざるを以て、協議せしものにはあらず。
然れども、仏政府は確かに同情を表せざれども、露政府は甚だ怪しと認むる旨をも附言せり。
如此情態なるにより、此際、露仏とも未だ協商の纏らざる頗る遺憾なり。
特に仏国の方丈にても、平和会議前結了せば頗る好都合ならん。
殊に仏国との協商は単純なれば、仏国外相最後の提案を容るるも、却て得策ならんと思考す。
此事は頗る機密に属すれども、内閣及元老中にても承知せられんことを希望す。



ちなみに、「プランソン」は在韓露国領事である。
この時点で既に、特に圧力を掛けるまでもなくフランスがチクってますが。
おまけに愚策であると忠告まで受けている、と。
にも係わらずロシアを信じて、この後梯子を外されてしまうわけで。
何とも哀れな事件の様相を呈してきましたな・・・。


今日はこれまで。


ハーグ密使事件関連史料(一)
ハーグ密使事件関連史料(二)
ハーグ密使事件関連史料(三)
ハーグ密使事件関連史料(四)