VOL24 正義感あるふりをしたのは 親友が欲しかったから ピエロのような私がいた | 教える喜び、書く喜び: 60代のライフワーク〜家族第一

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いつもブログを読んでいただいてありがとうございます。

佐藤睦子です。

 

 

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昔も今も 変わらないお人好し

 

 

かなり 遠い遠い記憶を 思い出すには

少々時間がかかるけど

 

 

幼少期は ブログ記事にも書いているとおり

病弱で 学校は休んでばかり

多分 物静かだったような 

逆に ひねくれ者だったような

 

 

 

中学の時が 初めての転校

 

 

みんな グループができていて

その輪の中に入れなくて

寂しい思いをしました。

 

 

だから

友達作りが 私の使命のような気がして

友達ができたときは

すごく大事にしたと思う

 

 

中二の時に

お友達が 彼とのことで悩んでいた

 

 

その彼は 私を信用してくれていた

 

 

だから 手紙の橋渡しを

この私がしていたのは 誰も知らない(笑)

 

 

ただ、彼は とても短気

 

 

友人と彼は喧嘩をしたようで

彼は友人に 暴力を振るっていた

 

 

 

この私は その現場を見つけ

体を張って庇った

 

 

友人は 感謝してくれてると思っていた

 

 

やっと できた 友人だと思って

友人が 親友だと 私は 思っていた

中学に あるある お話だね

 

 

その頃

我がクラスは 学級崩壊のように

いろんな問題を抱えていた。

 

 

担任は 一人一人の家庭訪問を欠かさない

 

中学の 担任は 今でも 私は尊敬している

 

学級崩壊 どうなるかと思ったのだが

中三の時には  全員 進む道を見つけた担任だったな〜〜

 

 

と話は逸れたけど

担任は 私を心配して 訪問してくれたのだ

 

 

「あの子は お前が心配しなくても 大丈夫な子だから

君は 自分のことを」と 成績が下がっていく 私を心配したようだ

果たして そのことが原因なのか

勉強不足で 成績が下がったのかは わからないのだ

 

 

見てないと思っていたんだけど

担当は 私の 行動を知っていた

 

 

体を張って 友人を庇う

友人と彼との間の 橋渡しなどなど

お見通し

 

 

私は 友人のために

体を張ったから

ずっと親友だと思い込んでいた

 


しかし

体を張ったからといって

親友ではなかった。。。

 

 

私の思い込みだった。

 

彼女は中二の後半 

転校させられた。

 

 

心配して 新しい家に 会いに行ったら

「なんできたの?」と言われて

居心地の悪い思いをした。。

 

 

新しい学校での お友達が来ていたから

きっと 嫌だったんだろうな

 

 

これって 今も変わらない自分がいます。

 

 

大切なひとが 

悩みを相談してきたら 

自分のことよりも 真剣に受け止め

なんとかしてあげようと 行動をする

 

 

しかし 肝心の大切なひとは。。。

 

 

 

体を張ってとか

橋渡しとか

 

私自身 本当は

 

「いい人」になりたかったのかもしれない

 

「むっちゃん ありがとう

恩に着る」とか

 

「むっちゃんのおかげで」とか

 

友人に 言ってもらいたかったのか

 

「むっちゃんだけが 友達だよ」

 

と言ってもらいたかったのか

 

 

きっと 私は 本当の自分らしい生き方をしていなくて

いい人の被り物をしていたんだと思う

 

いい人を演じてまでも

友人が 欲しかったのかもしれないね

 

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