「とりあえず、何処に行こうか」



時計塔を出て、うーんとエフェルは考える。

帽子屋屋敷は…出来れば最後にしたい、ハートの城はまだ行ったことがないし、とりあえずは遊園地に行ったほうがいいかな?



「…ねぇ、赤髪」

「ん?何?」

「ここの人たちは…顔が見えにくいわね」

「!、アリスは顔が見えるの?」

「?、普通じゃないの?赤髪の顔は見えないけどね」

「…役持ちの人たちには見えないらしいよ、見ないだけかもしれないけど。けど、一人一人違いがあるんだよ、役なしと言われても。私は…この帽子が特別なの、外すことは出来ないからごめんね」

「…やっぱりよく分からないわ。あ、気にしないで。無理に外して欲しいわけじゃないから」



アリスは物珍しげに辺りを伺っている。

その姿を何処かで見たような…と思ったが、ああ、私か、と昔の私の行動を思い出して笑ってしまう。


そこでエフェルは自分がアリスの後を追っていることに気付いた。


この先は確か。



「アリス!この先は…!あ」

「どうしたの…って、随分大きな屋敷ね」

「…う、マズイ」



条件反射だろうか、足が止まってしまった。

浅はかだった、出来るなら最初にここは遠慮したかった。


戻ろうとも思ったが、アリスが興味深そうに歩いていってしまったから、行かない訳にはいかない。

足取りが重いなぁ、と思っていたが、キンッと何処かで聞いた金属音にサァと血の気が引いた。



「ア、アリス!!」



双子の門番にもう会ってしまったのかもしれない。

私がいなければ…いても攻撃されるかもしれないけど、少しは留まってくれるかもしれない。

急いで角を曲がれば…双子の門番がアリスに斧を向け、そして隣にはエリオットがいた。エリオットがいるなら、とホッとしたのも束の間、あの人、銃をアリスに向けてないか?



「エリオット!!」



私の声と銃声が鳴ったのは…ほとんど同時だった。

悲惨な結果に終わってしまったんじゃないだろうか、ギュッと目を瞑っていたが恐る恐る目を開けば、エリオットが驚いたように私を見て、そして気付いたのか、それはそれは嬉しそうに耳を動かしていた。

それよりも私が気になったのは銃弾がどうなったのか、だった。腕の方を見れば、そこにはブラッドがいた。

エリオットの腕を掴み銃口を上に向けた姿で。


そして、アリスを見れば…酷く怯えていたが、無傷だった。

安堵感のせいか、私はそのまま、地面に座り込んでしまった。



「「お姉さん!?」」 「赤髪!?」



ディーとダム、そしてエリオットがすぐさま駆け寄ってきた。



「ど、どうしたんだ。赤髪、具合でも悪いのかよ?」

「……うん、とても」

「な!?ど、何処がだ!?、そ、それよりも屋敷に…」



慌てるエリオット…ふと、頭に揺れる耳が目に入り、私は思いっきりそれを握った。



「でっ!?いででっ…な、赤髪!?」

「私の友達に何するの!?アリスが死んでたら一生許さなかったんだから!」

「!、赤髪の友達だったのか…いてっ!、赤髪、怒ってんのはわかったから、もう少し力を…!」

「大体、初対面でいきなり銃を向けるなんて危ないよ!私の時もそうだけど、話ぐらいは聞かないと!」

「しょ、しょうがないだろ。赤髪だって怪しい奴がいればとりあえず打つだろ?…いっ!」

「打ちません。あなたという人は!」



間髪いれずに答えてやれば、しゅんと頭を下げた。

それを横で見つめる双子。



「やっぱり、お姉さんは凄いね。ひよこウサギが駄目駄目だ」

「今度からお姉さんにひよこウサギにヒドイことされたって言おうよ、兄弟」

「いい考えだね、流石兄弟」



ニヤリと悪い笑みを浮かべるのだった。

その時だ、低い声が聞こえた。



「お前達、こちらのお嬢さんに失礼なことをしたのではないのか?」



ピタリと全員の動きが止まる。

いつの間にか、ブラッドとアリスで話をつけていたのか。こちらを見つめていた。

双子達は真っ先にブラッドのところに戻り、エリオットとエフェルも(やっと耳から手を離し)ブラッドの方に近づく。



「アリス!…ごめんね」

「いいのよ、赤髪。私があなたの話も聞かずに先走ったのがいけないんだから。こっちこそ、ごめんなさい」

「…アリス。でも、本当にあなたが無事で良かった!」



ぎゅっとアリスにエフェルは抱きつく…微かに身体が震えていた。

怖くないはずがないのだ…ギロリと、エリオットを睨めばしゅんと、耳を垂らした。



「さて、話を戻すとしよう。赤髪、少し離れなさい」

「あ、うん」



ブラッドの言葉に素直に従う…従わないと怖いからだ。

少し離れて、ブラッドを伺うとブラッドはアリスをじっと見つめていた。

そして、結論づいたように口を開いた。



「君は余所者だな?」

「ええ…そうみたい。そうなのよね?赤髪」

「え、うん。そうだよ」



エフェルの言葉にブラッドは少しだけ笑みを浮かべ、門を開けた。



「それはそれは…赤髪といい、しばらく退屈しなくて良さそうだ。二人とも来なさい、お茶会に招待しよう」

「!、わ、私は遠慮した………何でもないです」



ブラッドと紅茶は遠慮したいと思ったが…ブラッドの一睨みで何も言えなくなってしまった。

ああ…またお茶会か、と遠い目になってしまうエフェル、すると恐る恐るという感じにエリオットがエフェルの隣に並んだ。

双子達は余所者!余所者!とアリスの方に行ってしまったからてっきり、エリオットも行ったとばかり思っていたのだが。



「あなたは行かなくていいの?エリオット」

「…な、何がだ?」

「アリスの所に。もう怒ってないから行ってもいいんだよ?」

「ほ、本当に、もう怒ってないのか?」

「うん、反省してるみたいだし…あ、それよりさっき思いっきり握っちゃったね、ごめんね」



背伸びして、優しくその耳を撫でてあげれば、エリオットは頭を下げてくる…まるでもっとやってくれ、というように。



「赤髪って怒ると怖いんだな」

「…う、うーん。あまり怒らないからなぁ」

「すっげえ怖かったぜ、でもそれよりも赤髪の新しい一面を見れて嬉しかった」

「……普段は声を荒げないしね、頭に血が上っちゃうとああ、なるみたい」

「そっか」



…なんで嬉しそうなんだろう、この人。

ちらりと横を見れば、やはり嬉しそうにしていた…耳をピョコピョコ動かしながら。

そういえばさっきの耳の手触り、最高だった…エフェルは触れた手をジッと見つめる、まだ微かに感触が残っていた。



「なあ!赤髪」

「ん?何?」

「俺の部屋に来いよ!」

「…今からお茶会だよ?」

「じゃあ、お茶会が終わったら来ればいいだろ?」

「そ、それは…ごめん、アリスの案内中だから、ね」



ちらりとまたエリオットを見れば、わかりやすすぎるほど耳がしゅんとしていた。



「今度なら…」

「本当か!」



ピンと耳が立った…感情がわかりやすい。



「うん、今度なら」

「じゃあ、十時間帯後に帽子屋屋敷でどうだ!?」

「あー…うん。それなら、大丈夫かな」

「!、約束だ!」



二カッと笑うエリオットに自然とエフェルも笑みを浮かべてしまう。

そんなことをしていれば、いつの間にか、以前来たお茶会の場所についていた。



「赤髪、アリス、こちらに来なさい」



名を呼ばれ、アリスと私はブラッドの傍に行く。

とりあえず、ブラッドの隣は遠慮したいし、何よりも今は余所者であるアリスに興味があるはずだ。

気付かれないように引かれた椅子に座る…ブラッドの隣の隣に、アリスは気にすることなく私の隣に座り、そしてブラッドもアリスの隣に座った。

エリオット達も座り始める、エフェルの前にエリオット、そしてエリオットの隣に双子達だ。



「さて、今日は君の誕生日だ、アリス。祝ってあげよう」

「…誰の誕生日ですって?」



アリスが怪訝そうな顔をする、エフェルもどう反応していいものか…と悩んだが、関わらないほうが懸命だと、目の前に出された紅茶に口をつける。



「…ん?」



ふわりと香る紅茶の匂い、そしてこの味は…とエフェルは首を傾げた。

アリスと何かを話しているブラッドがそれに気付き、口端をあげた。



「流石は赤髪のお嬢さんだ。反応してくれると思っていたよ」

「…えっと、もしかして、これ」

「ああ、君から貰った茶葉と同じものだ。あれから、何とか探し出してね。お嬢さんは運がいい、手に入れたばかりのものだ」

「流石……これ、好き」

「ふふ、お嬢さんが気に入ってくれて嬉しいよ。しかし、まだまだ紅茶の種類はある、色々試してみなさい」

「うん、紅茶は奥深そうだね。」



もう一度、口をつける。この香る匂いが何とも優しくて気に入ってしまった。

コーヒーばかり飲んでいると、違うものも飲みたくなるものなんだと思うが…やっぱりコーヒーも悪くはないと思う。


満足したようなブラッドは私の会話を終えるとすぐにまた、アリスと話し始める。



「赤髪!このにんじんケーキ、美味いぜ?」

「ありがとう、エリオット。でも…流石にこんなに食べれないよ」



もぐもぐとにんじんケーキ達を口に運びながら、次々と私の周りをオレンジ色にするエリオットに苦笑しながらも、一口、にんじんケーキを口に入れる。

口の中に広がるのは甘さで、にんじんのようなしつこい味はしなかった、感心したようにエフェルは頷き、もう一度エリオットを見る。



「美味しいね、エリオット」

「!、ああ!最高だよな!。何より…」

「何より?」

「赤髪と一緒に食べれて嬉しいぜ!」



嬉しそうに笑う、もとい耳を動かすエリオット。

エフェルは素直だなぁ、とまだ苦笑してしまう。


「赤髪のお姉さん、無理して食べなくていいんだよ!このひよこウサギみたいにウサギになっちゃうよ!」

「そうだよ、お姉さん。僕達、お姉さんがウサギになってほしくないよ…あ、でもウサ耳は似合いそうだね」

「確かに凄く似合いそうだね、兄弟。悩むところだ」

「…にんじんを食べても、ウサギにはならないよ、二人とも」



にんじんを使っていないお菓子たちを口に運びながら、双子達が嫌そうにしかし、楽しそうにエフェルを見つめる。

エフェルはそれにも苦笑し、ちらりと隣のアリスを見た。



「だから、今日は私の誕生日なんかじゃないわ」

「君の誕生日を今日にしてはいけないルールはない。私は退屈が嫌いだ、こうやって祝っていれば退屈はしない」

「……可笑しいわ」



はぁ、と大きく溜め息を溢すアリスに頑張れと念を送り、また紅茶に口をつけるのだった。






それから、双子やエリオットもアリスと話、気があったようだった。

時間帯が変わり、アリスはそろそろ別の場所に行くために席を立った。



「お嬢さん、ぜひ、ここを滞在場所にするといい。歓迎しよう、君なら私を退屈させないでくれる」

「ええ…考えておくわ」



アリスの顔色を見れば、気に入っているようにも見えた。

何よりもブラッドの機嫌も最高に良さそうだった。

良かった、とエフェルは密かに笑う。

「赤髪!」



いつの間にか、エフェルの横に来ていたエリオットが小さな声でエフェルの仮の名前を呼んだ。



「ん?、何?」

「前にも言ったけどよ…赤髪もここに住まねえか?」

「それは…出来ないよ。ごめんね、エリオット。気持ちは嬉しいけど、私…帰るって約束してるから」

「……そうだよな、わりぃ、けどよ!遊びには来てくれよ、待ってっから!」

「うん!じゃあ、とりあえず九時間帯後、だね」

「おう!にんじん料理食べような!」

「…う、うん」



本当ににんじん料理に目が無いんだなぁ、とエフェルは笑う。


これ以上ここにいてはまた時間帯も変わってしまうと、エフェルはアリスに声をかけて、帽子屋の人たちに頭を下げて、後にするのだった。




―――――




「どうだった?」



帽子屋屋敷の帰り道、エフェルは恐る恐るアリスに質問を投げる。



「悪くはなかったわ、ブラッドは客人としていてくれてもいいって言ってくれたし」

「じゃあ、どうして滞在場所に決めなかったの?」

「…私、どうしてもしておきたいことがあるの」

「?、それって…?」



アリスの目が細くなり、拳を握り締め、何かを思い出すかのように苛立っていた。



「ア、アリス?」

「あの変態ウサギに一回、殴ってやらないと気がすまないのよ!!」


変態ウサギ…私が知る限り、ウサギはエリオットのみだ。

ただ話だけならば、もう一人知っていた。



「…もしかして、それって。ハートの城の宰相のペーター=ホワイトのこと?」

「何ですって?」



信じられないというように、口元を引きつらせるアリス。



「え、だから宰相の…」

「あのストーカーが、宰相ですって!?…ありえない」

「…うーん?」



ストーカー?、ユリウスの話を聞いた話と大分違うような…エフェルは困ったように首を傾げる。



「…とりあえず、ハートの城に行ってみる?」

「…そうね、そうするわ」



何処か、憂鬱そうだったが…言ってみないことにはわからない。

アリスとエフェルはお互い、何かを言い聞かせながら歩き始めるのだった。







end