アメリカ生活 雑感 :-)

アメリカ生活 雑感 :-)

アメリカ東海岸の小さな町にある大学に留学中です。

雑感と題したとおり、日々出会ったこと思ったことを綴っていきたいと思います。

Amebaでブログを始めよう!

何て怠惰なブロガーなんだと自分でも腹立たしさを通してあきれ返る今日この頃。


ようやく日本に帰ってきました!


実はこの1か月間、北欧を旅行してきました。んでもって、アメリカに戻り、日本に戻ってきました。

この5日の間に5回のフライト。これにはさすがに疲れました。

詳細はまた写真とともにおいおいとアップします。


5月末、卒業生を見送った後・・・


所属しているコーラスグループのコンサートツアーに旅立つ(初アイスランド、エストニア、フィンランド)

アイスランドは物価が高くて、始終おなかがすく。

地元コーラスグループとの交流では、みな、彼らが用意してくれたピザに目が泳ぐ。

そして、確信。・・・・(ほら、こんなにピザがいっぱい!)彼らはいい人に違いない。

小腹を満たした後、歌交換。レベル高し♪

そして、再度確信。・・・・こんなに素晴らしい音楽を作る彼らはいい人に違いない!


火山がつくりだす景色。自然の持つ力に圧倒される。

ある学生がつぶやく・・・‘まるでanother planetのようだ’と。

これに関しては、同感と違和感あり。また後日思うところ書いてみようと思います。


エストニア・・・・意外にも、今まで行った国の中でもトップ5に入ろうかというぐらい、気に入ったのがこのエストニア。

理由はいろいろありますが、旅行者のお財布にやさしい物価と美しい歴史的町並みはもちろんのこと、

あちらこちらで感じた人々の少しシャイで誠実な雰囲気がとても印象的でした。・・・ええ、もちろん例外もあるでしょうが。

エストニアに関しても写真とともに近日またレポートしたいと思います。


6月初旬、ヘルシンキでメンバーに別れを告げ、フィンランド旅行開始。

昔、京都で一度だけ会ったことのある友人の友人の家にステイさせてもらう。ありがたい!

チャリで巡るヘルシンキ。フィンランドポップ/ロック野外コンサートにいく。

フィンランドのお菓子は一見の価値あり。語る価値有あり。ということで、また詳細はおいおいと。


中旬。ヘルシンキから電車で5時間の、西海岸近く、Kronobyという村へ。

ワークキャンプ開始。10人の仲間と1軒の家をシェアしながら、近くの公園の設営・整備。

日々、とにかく力仕事。こげるほど焼けました。なんたって、今の季節、北欧は日光を惜しみなく与えてくれる。

毎日、ほぼ20時間の日照時間!真夜中に夕焼けを見ながら近くの畑を散歩するのが楽しみのひとつだった。

夏至祭で不思議な縁で出会った相方(人生で3人目、同名の女の子。人生で初、漢字まで一緒なんだもん!)の三味線と合わせて『島唄』なぞ歌ってみる。

フィンランド発祥で日本でも知られているものとしては・・・サウナ!キャンプ最後、ホストの人のもつサマーコテージに出かけ、

このサウナでぎりぎりま粘る→メラメラ もう我慢できん!→ 湖へ直行。飛び込む。

というお決まりの体験をさせてもらいました。その後のビールとソーセージがうまいのなんの。


下旬。ヘルシンキからボストン。

ボストン近郊の街、コンコード。アメリカ作家、ソローの本にも出てくるウォールデン湖で泳いでみる。


んで帰国!

あぁ。。。お米がおいしい!素直にうれしいものです。


8月中旬までは日本におりますゆえ、どうぞ気軽にメールで連絡ください!

みんなの連絡先がいまいちわからぬため、こんなブログを使っての公開お誘いですいません。



あれよあれよと言う間に、5月です。

1ヶ月更新できずにいました。。いかんですね。


先週、最後の授業を終え、今は学期末試験の真っ最中です。先学期と同様、まったくもって昼と夜が逆転した生活をしています。睡眠不足とコーヒーの大量摂取によりお肌と髪の毛(キューティクルさん)が悲鳴をあげていますが、不思議とこの期間はしんどいが、楽しい。授業がないので、どうやって時間配分するかは各自にまかされています。私はあまり試験らしい試験はなくて、ほとんどの授業ではペーパーを課されるわけです。でも、ペーパーって。。やり始めたら一生やってられます。いくら締め切りがあるとはいえ、納得したものを書こうと思うと、本当にいつまでもPCとにらめっこしてられます。その結果、ドライアイ。

まぁでも何が楽しいかと言うと、そんなときに一人じゃまったくどうにもならんので、友達と誘い合って図書館やら寮のコモンルームとか、お気に入りの場所で一緒にスタディーパーティーするわけです。お菓子とかもちよって。

この試験期間中は、図書館も24時間オープンで、チョコレートをはじめとしてスナック、ドリンク取り放題コーナーが設置されます。何というか、この徹底したサポート体制が笑える。しかも、ちょっと高校とかの学園祭を思い出します。ああーやらなやらな、でもちょっと休憩、お菓子をつまむ、友人と話す、深夜で変なテンション、勉強はかどらず。また、友人のうちの誰かが“やらなやらな”と言い出す。一同、納得。沈黙。やりだす。おなかすく。何かつまむ。といったことの繰り返しです。


といいつつも、今日、ようやく最後のペーパーを書き終え、後はフランス語の試験を待つのみです。

待つのみとはいえ、この試験は一定期間のうち、自分でいつ受けたいかを決められるので、要は自分の準備しだいと言うことなのですが。。。


試験が終わると、卒業式までの1週間はキャンパスでバイトしながらゆっくりしようと思います。

そうなのです、今が4年生の卒業シーズンなのです。悲しや。。。

あっという間に桜(あるんです!)やら他のやったらカラフル春の花は散ってしまい、今はキャンパスはまぶしいグリーンにおおわれはじめています。あ、藤もあります。でも、藤棚がないから、何かいきなり“FUJI”がボン、ってあってちょっと変ですが。


卒業生はあの映画とかでよく見るようなガウンと帽子を身にまとって、卒業式を迎えるそう。

年が近いこともあって、4年生には仲良くしてもらいました、、

毎日キャンパスのどこかで会っていたその人たちが卒業してしまうなんて、考えただけでも、悲しいです。


Everytime we say goodbye, I die a little,
Everytime we say goodbye, I wonder why a little.....


という歌詞を思い出しました。。。。。はあ

地球のどこにいても出会いがあれば別れがあるものだなぁ。



昨日は13日の金曜日でした。

小学生のころは、ジェイソンだーなんだーとキッズらしく騒いでいたことを懐かしく思い出します。

あの頃は、真剣におびえていました。はい。


で、10数年たって、アマーストで久々に意識した13日の金曜日・・・。

というのも、キャンパスでasian horror night というイベントが行われ、それに関連して映画鑑賞会などなどが行われました。

asianといっても、ほぼ“日本の”ホラー映画です。

とっても人気なんです。 どうしたらあんなに恐いものが作れるのだ、日本人の頭の中身はどうなっているんだ、などと真剣に聞かれて日にはもう、、答えに困ってしまいます。 というのも、私は個人的にホラー映画は本当に苦手で、というか、なぜわざわざ見たいと思うのかがわからない・・・というような人間なので。一度みたショッキングな映像がずっと頭に残って、夢にでてきたり、ひどい時は日常何気ない生活でぼわっと表れでたりするのです。だから、知らぬが仏作戦で、物心ついたときから、そういうものから逃げてきました。

“世にも奇妙な物語”さえ、最近までためらっていたぐらいです・・・


で、本題にもどります。

なぜまぁこんなにも、日本のホラー映画がこっちの学生にうけるんだ・・という話です。

なるほどなぁと思ったのは、人は未知のものに対して恐怖を感じる。知らないから、こわい。予測できないから、こわい。

もっといえば、彼らが見ているのは、見知らぬから恐い、でもちょっと見て見たい・・と好奇心をそそられる、

いわゆるエキゾチックなJapanなのだ。ということでした。 ほほお。。なるほど。


確かに、昔、京都でアメリカ人の若い旅行者をガイドしたときに、寺や神社そのものよりも、古ぼけた井戸を目の前に“sa-da-ko-”と大興奮して写真を撮っていた姿を思い出しました。

さすがに、井戸ともなると自分自身もそこまでなじみがあるとはいえませんが、それでも、こういった井戸なら日本に数千個ぐらいあるんじゃないかしら。(ない?)と、いぶかしげに見ていたものです。


確かに、次に何が起こるかわかっていたら、プロットになじみがあったら (井戸→お化けがでてくる)恐いっていうよりも、

ともすれば笑い飛ばしてしまいそうです。

使い古されたジョークで笑えないのと同じです。


そう考えれば、私がジェイソンにおびえていたのも、見知らぬ洋ものお化けに好奇心半分/恐怖感半分だったのかしら、などと思いました。


先学期履修していた ethnomusicology (民族音楽学)授業の中でで、特定のエスニックグループが映画(主にハリウッド映画)の中で

どのように描かれてきたか、それがどれくらい/どのように見る人のイメージ形成に影響するのか?という問いがありました。

ひとつの意見として、American people のAsian people (あるいはJapanese people) に対する潜在的な恐怖感(わからなさ、という意味で・・歴史的に、第二次世界大戦との絡みで説明しようとしている学者もいました)が

反映されて、asian people を “エキゾチックな他者”として描く・・その描き方が好意的ではない、みたいな話がありました。

映画の中でそれぞれの役柄に与えられた特徴を、無意識のうちにその役者のエスニックグループがもつ特徴である、というように一般化してしまい、それが特定のエスニックグループの“他者化”を促進させる・・ということだそう。

確かに、ハリウッド映画では程度の差はあれ、どうしてもそういう部分は否めないなぁと思ったものです。


ですが、この日本ホラー映画ブームに関しては、その“他者性”が大いに受けて、ビジネスの成功のもととなっている。

そういう気がしてなりません。もちろん、製作サイドとしてはそんなことはじめから意図してはいないでしょうが・・・・

でも、こうやってブームがもっともっと大きくなって、例えばアメリカがマーケットして認識されて(もう、すでにそうなのでしょうが)

いくと、“他者性”がもっと強調されていったりしないかしら?という危惧はあります。 もちろん、ホラー映画で起こっていることが

すべて現実であるなんて、真剣にとらえる人がどれくらいいるかはわかりゃしません。

それに、個人的には、“あの映画、日本のなんでしょーすごいねー”みたいに言われたら、なぜかやはりうれしくなるものです。

アメリカは何やいうても、ショービジネス、エンターテイメントの分野ではそれこそものすごい予算を使って、それなりに質の高い作品を作りつづけている。。それは本当だと思う。友人いはく、今はアメリカのドラマの黄金期だ。。。と言われているのだそう。

でも、そんな中でも、莫大な予算を使っているとはあまり思えないにせよ、内容としては決して見劣りしないエンターテイメントを日本が発信しているっていう事実は、やっぱ素直に嬉しいものです。


他者性、予測可能性、といったことに関連して・・・

アメリカにきて7ヶ月ぐらいたったわけですが、英語が格段にのびたのかといわれれば正直いって自分ではよくわかりません。

幸い、当初心配されてたほどはフィジカル面で丸くなっていません。i.e. 体がアメリカンサイズにはなっていない。まだ・・

ただ、物事が次にどう展開するだろうか/人はどういった反応をするだろうか・・という予測度は高まったかもしれない。

そして、それが異文化の中で暮らす(もちろん、つかの間の住人であったとしても)際に必要なサバイバルスキルなのかと

いう気はします。 でも、率直な感想としては、他者扱いされる(いい意味でも、悪い意味でも)ことはしょっちゅう。

それに慣れないのもしょっちゅう。でも、それがある意味おもしろいなと思うこともしばしば。 そんなとこです。


たまに書くと長い・・では!てか、あれですねー ブログにするとコメント激減しますねー笑

まぁしょうがないか・・