冬の終わりに
アナタは突然やって来る
約束を守りにやって来る...

「やぁ おはよう」

いつも通りの特に変わらない朝
目覚めるとそこにアナタはいた


よくもまぁ
こんなに自然に
まるで毎朝の日課の様に
サラリとあらわれるものです


それでも私は
相変わらずの人懐っこい笑顔に
寝起きのかすれた声を絞り出す

「おかえり」

アナタはこたえる。

「ただいま」

私が、のほほん、のほほんと暮らしていると
忘れた頃にいきなりいらっしゃって
いつも勝手にいなくなるアナタ。


けど…
それでも、私はかまいませんよ
アナタを永遠に失った時の苦しみに比べれば
こんなの、別にたいした事ないもの。
そばにいてくれる
悪くない
それで良い
きっとそれだけで良い。
そう思ってしまう...

せっかく久しぶりに
アナタがいらっしゃったのだから
明るい声で
柔かいトーンで
私は語りかける。
盛り上げなきゃ
楽しませなきゃ
少しでもアナタを長居させるため
私はとても必死ですよ。

アナタのいなかった時間に起こったことを
思い付くまま 
ひたすら話す
アナタがいたらこうしていたでしょう
なんて冗談を交えながら
そんな私を見て
アナタは優しい色を瞳に浮かべて
頷いていらっしゃる
微笑んでいらっしゃる

こうしていると昔を思い出します
いつも私が話して
アナタはただただ聞いていた
たまに優しい笑顔を浮かべて...



そういえば
アナタが死んでもう何年たつのでしょう?
生きてた頃もアナタは風のように自由なお人で
私はよく振り回されました。
そして
よく約束を破られました。

あの日だって、そう…
アナタは来なかった
指切りしたのに来なかった


私、駅で待ってたのよ
ずっとずっと待ってたのよ
いつも破られた約束
今度は
守ると信じて...


アナタが亡くなってたと知ったのは
それからずいぶん後の話
だってアナタ
家族も親戚もいないんですもん
知るすべがなかったのよ


偶然アナタの知人に会って
教えてくれたの
アナタがあの日
事故にあったってね


聞いたわよ
私の名前を何度も呼んでたって
そして独りで逝ってしまった
本当は寂しがり屋のアナタのことだから
さぞ心細かったことでしょう?


それから
初めて私はアナタのお墓を訪れた
そして
また会いたい
ってお願いしたの

その年からね
アナタが会いに来てくれるようになったのは...



お願い聞いてくれた
約束守れなかった代わりに
私のお願いきいてくれた...


死んだ後のアナタは優しい
生きていた頃よりも少し優しい
これが本来のアナタなのでしょうか?


「良い天気だよ。カーテン開けようか」


アナタは立ち上がって私から離れようとするから
私は寂しくなって
声をかける


「また来てね」


アナタは勢いよくカーテンを開けた
朝の光が部屋全体を照らし
太陽が目に染みて
私は思わず瞼を閉じる


「わかった」


アナタの透き通った声が
部屋に響いた刹那
アナタはもういなかった
陽だまりとアナタの香りを残して


バカね、私って
またサヨナラしそこねちゃった
またアナタと会う約束しちゃった


人生に後悔はつきものなのかもね
やってしまった後悔と
やらなかった後悔
どちらを選んでも
後悔してしまうものなのよ


もう終わりにしなきゃいけないのに
もう最後にしようと決めてるのに
もうアナタと会ってはならないのに
サヨナラが出来なかった
わかっているけど
わかっているのに
もういいよ
ありがとうって
言えなかった


アナタの糸
切ってあげられなかった
ごめんなさい...


そして
今年も冬が終わります
約束したまま
また春がきます