鹿島神宮に大鳥居を奉納した大成功者から、
その秘訣を伺いました。
彼は年に5回ほど鹿島神宮を参拝するそうです。
本堂には鏡があり、
そこに映る者こそが神様なのだといいます。
つまり、鏡に映るのは自分です。
人は皆、神の分御霊(わけみたま)を宿しており、
「自分は神様であり、隣にいる人も神様、みんな神様」
という考え方ができるのだそうです。
しかし、自我が芽生えると、
人は互いを分け隔ててしまいます。
一方で、
すべての人がつながっていることを理解し、
心が開かれた状態を「悟り」と呼ぶのだそうです。
悟りを得るには
厳しい修行が必要なイメージがありますが、
実は
「私も神様、あなたも神様、みんな神様」
と唱えるだけでも、
ゆっくりと自我という閉ざされた袋を縛っていた紐がほどけ、
心が解放されるといいます。
父を「キコリノカミ」と名付けた日
私は、長い間
「木を切る」という行為
を否定的に捉えていました。
樹木を伐ることは、
自然を破壊すること——そう考えていたのです。
しかし、ある日、
私は自分の父を
「キコリノカミ」と名付けました。
父は庭師であり、
木を伐る仕事を続けてきた人です。
その行為を長く
「マイナスなもの」
と見ていた私でしたが、
ふと気づいたのです。
木を伐ることも、
またひとつの役割なのではないか。
そう思ったとき、
私は初めて、父の仕事を
認め、許し、受け入れる
ことができました。
確かに、
木を伐ることは一見
「破壊」に見えるかもしれません。
しかし、
それは新しい景色をつくるための
「再生」
でもあるのです。
心の壁が解放された瞬間、
私は父と、そして木と、
一つにつながることができたような気がしました。




