4-2 コラム「心が折れそうになった経験」

 

 一通り「未来志向アプローチ」について紹介したので、次に「レジリエンス」を紹介しようと考えました。

 自分の経験を書いた方が保護者の方も身近に感じてくれるかと思い、恥ずかしながら「わが子の不登校になった」ときの出来事をネタにしてみました。

 

 

□「レジリエンス」 (2014・11・7)

最近気になる言葉に、「レジリエンス」という言葉があります。日本語に直せば、「折れない心」となるのでしょうか。強い風が吹いたときに、折れてしまうのではなく、しなって元に戻る「竹」をイメージすると合うのかもしれません。

レジリエンスの高い人は、「回復力(竹のようなしなやかさをもった心の状態)」、「緩衝力(テニスボールのような弾力性のある精神 打たれ強さ)」、「適応力(道路の亀裂から芽を出して生存し花を咲かせるタンポポのような変化に対応する力)」をもっています。

子どもにもこの「心の強さ・心のしなやかさ」を育てる必要を感じています。

 

□「わが子が不登校になった⁉ その1」 (2014・11・14)

前回、「レジリエンス(しなやかな心)」を紹介しましたが、みなさんから「のほほん」と見えるであろう私にも、「心が折れそうなとき」があったのです。

私には、娘が二人います。どちらも公立小学校から、中高連接の私立中学校へ進みました。上の娘は、その高校へ進み、大学へと進学しました。下の娘も、中学校からその高校へ無事に進学し、何も問題はないはずでした。ところが、高校に進学して10日が経ったころ、突然「学校へ行けなくなってしまった」のです。わが子が「不登校?」。

それまでは、県教育センターの教育相談部で「知ったかぶり」して不登校の保護者の相談にのったり、教頭として「子育ては~」などと「偉そうに」話をしたりしていたのに…。今まで自分が積み上げてきたものが、「音をたててくずれていく」のを感じました。

 

□「わが子が不登校になった⁉ その2」 (2014・11・21)

学校に行けなくなった娘は、「引きこもり」の生活に入っていきます。カーテンを開けずに、生活はベッドの上、部屋は散らかり放題で「ゴミ屋敷」状態、昼夜逆転の生活…。親としての対応は、怒ったり、脅かしたり、時には力ずくで引きずりだしたり。でも、効果なし。

そのころ一番きつかったのが、学校への「欠席」の電話。気づかれないように体育館の裏でこっそりと。たまに忘れると、学校から電話がかかってきます。そんなときばかり電話をよこす担任。

でも、一度だけ、娘が心を開いて、行けなくなった訳したことがありました。「授業中に順番に指されることに耐えられない…。」たぶん、これが本心だろうと思います。娘の「自尊心」は、「ぼろぼろ」になってしまったのでした。

そして、「親」としての私の心も、先の見えない「トンネル」に入った心境になっていくのでした。

 

□「わが子が不登校になった⁉ その3」 (2014・11・28)

こんな生活をしていたら、子どもも家族もダメになってしまう。「学校をやめることにしよう。」

これが、私が下した決断でした。そして、「子どもとどこまでも落ちていこう」と腹をくくった瞬間でした。(自分としては本当に「親」になった瞬間だと思っています)

と言いながらも、切れてしまわないように、次の居場所を探しました。見学する中で、某通信制高校に出合いました。教師の話を聞いている一握りの生徒と、周囲で遠巻きに見ている茶髪の生徒たち。授業中に女子生徒が鏡を出して化粧をしています。こんな世界もあるんだ…。でも、なぜか「ここだ」と思いました。娘もいくつか見学した中で「ここがいい」というので、転校の手続きをとることにしました。

これで、「万事よし」となればいいのですが、暗闇はまだまだまだまだ…続くのでした。

 

□「わが子が不登校になった⁉ その4」 (2014・12・5)

どのくらい経ったでしょうか。娘も、やっと”引きこもり”の生活から抜け出す気配を見せ始めました。ところが、家を出るためには、「完全武装」をしないと出られないのです。バッチリ化粧をして、つけまつげをして、目にはカラーコンタクトを入れて、もちろん、髪の毛は染めています。

「なんだ、その金髪は!」「お父さん、金じゃないよ、ミルクティーだよ。」「なんのこっちゃ⁉」という感じです。

そんな娘も今は、唯一の特技「化粧」を生かして、この春から専門学校に通っています。だめもとで通わせましたが、ここまで無遅刻・無欠席の皆勤賞。不安を抱えながらも、ちょっと一安心しています。

…で、この話を終わろうと思ったら、さすがわが娘、やってくれました。ということで、恥ずかしながら、次回へ続くことになりました。

 

□「わが子が不登校になった⁉ その5」 (2014・12・12)

11月28日(金)、ついに娘が欠席しました。試験の日に寝坊してパニックになって立ち上がれず。LINEへは娘からのメッセージが。

「自分に負けた。起き上がり小法師になれなかったよ。ごめんなさい。でも自分でもここまでよく頑張ったと思う。皆勤賞はなくなったけど、今まで休まず学校に行ったことは自分が変われた第一歩になりました。」(父宛)

でも、月曜日も学校へ行けず。(親としては、どっしり構えようと思いながら、不安でたまらず…)

「自分のことは自分にしか分からないし、自分を変えるのは自分次第。それは自分がよく分かってる。今日は自分に負けたよ。でも今の私は昔の私と違う。どんな壁でも乗り越えるよ。みんな分かってないね~。」(家族宛)

確かに以前の娘だったら、ここで心が折れてしまっていたでしょうが、何とか火曜日から登校しました。

「レジリエンス(しなやかな心)」から始まった話でしたが、わが娘のレジリエンスも少しは強くなったようです。

*悩みは「過去形」にはならず、「現在進行形」のままの私です。     おしまい

 

 

*次回へつづく