18日の一日だけで、大事な情報を得た。
自分用として 残す。
・移民500万人?5000万人?
これが本当なら?という段階は もう超えている。
どうしていくかを 政策 政府 他人に 頼るのも大事だけど、自分個人の思考トレーニングとしても、どうしていくか どう考えていくか どうあるといいと感じるかを、他人と議論する前に 自分の頭と心で 考えていく。
もう住んでしまっている人たち。生活してしまっている移民。学校にも通ってしまっている。いまさら 追い出すということは、不可能かもしれん。そしたらどうするか。
制度的に なんとかしてもらう、なんとかなるのをまっている、知っていくひとが増えるように教育をしていく、というのはそれとして、自分個人ができることはなにかを考えていくしかないと思う、
大きくニュースやネットで問題になっていくことで 目にする人が増え、課題として知るひとが増えるから、改善するきっかけになるかもしれない・・・・というのも 理解できるが、それを待ってたら、我々一人ひとり 日本人 市民には 何もできないということを認めるようで、なんか 悲しい。だから やはり、身近にある、本当に卑小でいちいちあげるのも恥ずかしいほど 普段めにする 小さな違和感を 違和感のままにしないで、
「これは おかしい」「これはなっとくいかん」ということを 個人レベルでやっていく。
私個人でいうと、 気になった人には 声をかけ、 なんか おかしいなと感じることには 「なんか おかしいと思うので 聞いてもいいですか?」と聞いて 問いかけていく。
もう一声。 もう人動き。 もうひと工夫。あとすこし30分、1時間、粘って 動いてい見る。
違和感を違和感のままにしておかないで、調べてみる。知ってみる。知ったことを 話す相手がいないなら、書き留めてみる。
・東京都の都政について。
時間が長いので 全部聞くのは大変だが、大事。知らんかったことが多い。
問題点が明確になっていく。
なんで 1500万円 もらえるのか。 なんで都の政策についての予算明細が不明瞭なのか。
問合せして調べて そのやり取りを 出してくれるから ようやく国民に情報がいく。
ということは、知っているのに 知らないふりして 見なかったふりして、問題を隠してしまっている人がたくさんいるということ。 かくしてしまうのは、経済的・財政的・給料的・出世的に、制限されているから。
一人の権力を持つ人と、それを制度的に支えてしまう、仕事として、お給料をもらう立場として、おかしな制度を支える仕事をしたくなくてもしてしまっている何百人もの人たち。
問題点を明らかにしていけばしていくほど、混乱して 頭がおかしくなって、よけいなことを知りたくないという思いもわく。「問題を明らかにする人たちは 問題をまき散らすだけだ。」「その問題に直接触れて制度政策企業を支えるうえで 仕方なく 給料をもらう立場にあるから どうしようもないのだ。」という意見もわかる。だが、明らかになっていかないと、なにが問題であって 何が制度的におかしいのか わからない。
今は ぐちゃぐちゃになっていく段階である。ぐちゃぐちゃな現状が すこしずつ 明確になっていくことで、思考に隙間ができる。 おかしい、不明瞭だ、不具合がある、と わかっていくことが 増えていくから、変えいていく方向が見えていく。 なにもわからないままに、今の よくわからんまま なんとなく 知らん間に 「だれかがなんとか うまいことしていくれる」 というさみしい考えを 私自身が改めていく。
大きなことばかりが大事なのではない。
身近で 個人的で 関わる人たちとの関係性のなかで、上記のような 問題点 汚れた点 制度的に間違っている点も 存在することに、きちんと目を向けんとあかん。
ということの 表れだ。
・原口先生の動画で知って、これはキチンと 全部聞いとかんとあかんと感じて、
探して 聞き直したのがこれ。
本も出たら 買おう。
・18時間連続で働いて、日中歩き回って 汗かいて。
今日も一日 よく頑張った。
なんども見に行って 手に取って 買うのをやめて、もどって でも気になって。
時間がかかっても、すこしずつ読み進めて、自分の知識として、問題点を明らかにしておこうと やはり決めて、やっと本屋で購入したこの本。
・ちゃんと意見があるなら、堂々と話して伝えたらいい。それをしないことが 美徳とか、謙虚だとかいう意見への、疑問をもつこと。だまってしたがって いうこと聞いて、こんな目にあってるのは〇〇のせいだ!とぶち切れするという データプログラムの存在 という 認識。
だから 結局 基本は プログラムの解除と解放。思いと思いこみ、信じ込み、~された~してしまうというデータへも、目を向けること。目を向けて、理解して納得して、奥にある 愛をしっていくこと。
どこまでもこれになるんやなあ。
久しぶりに読むことを再開した
抽象的な表現であればあるほど、言っていることの範囲が広い。以前ならまったく意味がわからなかった文が、今になってなんとなくわかる気がしてくる。だからこれだけの長い期間、良書として残ってるのだろう。
一度読んで ブックオフにいく情報としての本と、1ページ読んで 考え込み、数か月後 また読み出すという本の二つあるよね。


