大難が小難に とつづると
第何が湘南に になった。
・昨日交通違反で 罰金。大きな事故にならないでよかった。静かな人通りの少ない、明るい時間帯でよかった。これで済んでよかった。
・人と話をしていて、個々の細かい定義と理解について 違和感を感じても、勘違いだと感じて流していくのが普段の態度であるように、経済学理論の定義にも、7割まではきちんとできているが残りの2割はなんとなうく、ふわっとした甘い定義で計算定義しておいていると今朝聞いた。憲法9条についての解釈も 中学高校で聞いた定義も苦し紛れであったのを覚えている。ここまでは説明できるけど、これ以上はぼやかすかごまかす、濁す、言い換える、脅迫的に責めていくという態度にでるのが人間なのだと理解したうえで、優しく人と接していこう。
・しでかしたこと。起こってしまったことを、償うというのはできるのだろうか。
どうしたら償ったことになるのだろうか。目の前の混乱から逃げるために、謝って償うと話したために、数年間償い犠牲になっていくのは 嫌な話だけど 普通にある。
交渉 取引 契約 法律という手段で、問題を解決するという行為に進んでも、しばらくしてから冷静になり、反論にでたとき、「そんなつもりはなかったんだ」と言われたとき、それを許すしかないという判断は 優しすぎるのか甘すぎるのか、金銭で償えと言い続けるべきなのか。
・ある出来事が存在することをしっていて、知っているのに、批判非難しないのは 無責任なのか。
と、いうような悩みに3分5分自分自身で考えて悔やんでできることを考えても、思考には限界がある。体力にも限界がある。
という話は、話でしかない。
本当のところ、自身の身近で起こっていることに関しては、大したことは起こっていない。それを大層に おおげさにさも 被害者であるかのように脳内イメージが グングンひろがっていく。
と気づいた時点で終了。解除。開放。
自分のところで止めていく行為を まず私からはじめていかないといけない。と以前書いたから交通違反に出会ったのか、宣言が本気か試すために起こったのか、これですら私の定義と判断でしかない。
善意悪意もろもろのことが混在する中で、すこしずついい方に よき方に 優しい方に ほっこりする方に 親切なほうに 敬意を示す方に、空気を変え 気を変え 場を変え 転換していく本当に小さな一歩 小さな行為 小さな一言から始まる。
・そもそも、『○○氏が「○○〇」と言ったからこんなことが起こっているのだ!』という事に、
意味はあるのだろうけど 本当の本当の本当のところ、力はない。効果はない。
力を与え効果を与え 定義と権威をあたえ、人と集団をまとめているのが 人なのだ。
そこに集まる一人一人にも 頭があり脳があり 手足がある。仕方なく言われるままに従うと決めているのも人なのだ。
だれかが動き出したら・・・と期待してもいいが、己で気づいて 分かった時に、やるか止めるか 判断する能力は 残しておきたい。
ああ。すごい。
今読んでる本、出合った人 出来事。
みなシンクロしてて、つながっている。
自分に気付き 自分にもどり、本来の姿にもどっていっている。
12時間ぶりにとった食事。このサイクルが今の自分にあっているらしい。
・加害者 被害者というテーマを 超えるのが 今だな。