・思いを致すと思いがわく。それが本当かどうかは不明。本当だと信じるためのあとづけを探すとそういうのがくるし、本当ではないと信じるためのあとづけを探すとそういうのがくるのはなぜか?なぜかと問うと、そういうモノという返答がくる。すべては自動反応でおこる現象でしかないかもしれない。そうかもしれないし そうでないかもしれない。

 どちらもありなら、隙間 ハザマで 選択する。選択権は自分にある。だから 全責任と全権力は自分にある。 誰かが言ったこと に権威を与えてしたがって暇つぶしをする時間が もうないよ~もう自分で好きに決めて動いていいよ~そうしたら全部自分の想い通りだよ~最初からそうだったよ~というのに至るまでの クルクル回りまわるレースであった。

・愛してる 愛されてる も 自分次第。責任を擦り付けてかっこつけて被害者ぶって、他が変わるのを待ち 都合のいいことが起こるのをじっと耐えるのは1月10日で終わり。(か どうかは知らん)

その場で苦しんで(迷って?)いることで、本来の目的から目をそらしているだけのようだ。

 

・許せる 任せられる という気持ちの余裕は、実はいつでもある。あとで(体験を)振り返って そうだったかもしれないし そうではなかったかもしれないし 確かめようがないことを こういう風にしておこうと 仮に 決めておくことで ふらふらする気分を整えるために、いろいろ経験していくが、ふらふらして整うということを繰り返すことが 本当の目的にはなりえないし してはいけない。

・すると、意味がある、オモシロい たのしい うれしくなりそうな方向へ 意を整えていくことだけが最強の在り方だと思えてくる。

・決める 決める 裏の意味も 理屈も 一切なし。

と、手が書き出した。

 

・言葉は大事。きちんと ていねいに 自分に語り掛けるように話しかけるように。わからないことはわからないままで、調べることができるのは調べてみることで、現象面での問題は解決するか 解結する方向が見えてくる。自分も周りも みんな 大事に丁寧に日々を積み重ねている。愛の塊。

みんな愛の塊だと 見抜いてしまうこれからにしよう。