年末 一人 解放まつり。
・自分の解釈で見える出来事が変わる。
このことが よきことにつながるように。
この人に よきことがおこるように。
私の行動を通して、過去と未来のつながりが変わるように。
過去に引きずられ、念を繰り返し、あり得たのかなかったのか本当なのかうそなのか、わからないことをマイナスにとらえる自身の意識を 気付いたときに変更できる自分であることを誇る。
2024年。
大変だった。
ホンマに。
出来ないことを なんとかやりくりして、どうにかしていくことが愛情であるという 思いがある。
ようやくこれは愛ではなく 思いやりではなく 助けることではないと気づき始めた。
やってもやってもなかなか進んでる気がしないが、そんなときでも投げずにイライラで返すことをしないで、そうですねそうですねと 受け取って 鍛えていくのだと 捉えてきた。まあ、それだけ データ プログラムが ひどいのだろうから 正面からとりくんで 解放解消していこう。
ようは 自身の反応で これからの出来事を ひどくしていかない役割を自分はしているのだと、勝手にとらえていくこともできるのだと、考え方が変わったのだ。これは 自己犠牲なのか。自分が我慢すればいいんだという事故憐憫か。
と 書いて、データ化して見える化することで、解除解消し、こういう思いがあることを認めて 理解していこう。
年末 一人解放祭りだ。
2025年。私の意識とエネルギーと肉体をとおして、あらゆる出来事が 最高に幸せで おもしろくて にやっとわらけてしまうものに なっていくように。
私というフィルターを通すと、すべてあらゆることが たのしくおもしろく なにしてんの?と 正気になっていくように。
言い返さずにはいられない
恨まずにはいられない
やりかえさずにはいられない
という 反撃データプログラムの根強い存在を きっちり理解して話を聞いて 分かっていって、そのうえで、
で、どうしていきたいのかを 自身の内面と対話して 良いようなイメージをつくる。
今現状が どうだろうが、過去はすべて 無情に切り去っていくのではなくて、分かったうえで そうせざるを得なかった思いは理解して抱き取って、
一切の過去の念に影響をうけないで 論理性 理屈をこえて、光り輝く あったかい 行為を私は創り出していこう。
と書くことで、2025年への決意にする。