これでいく。これでやる。絶対いける。
根拠はないけど、普段なら出ないような強さと意思で
これでいくと決めて 動くとき、そうなっていく。
現実がうごかないのがなぜかがわかった。
これは自分にだけ適用するのだろう。
明るさ 笑い ニコッとした笑顔を 自分から出すのを
私は 拒否というか 否定していたのに気づいた。
偶然 ゲッターズ飯田さんのブログを目にして、
まぶしいくらいの笑顔をする人の魅力というのに触れられてるのを読み、自分はこれをしてないなあと感じた。
私の周りには いつも 笑顔の人達がいる。
笑顔で明るく会話してるのに それを斜に構えて カッコつけてるつもりでニヒルに眺めてたが、それがかっこ悪いのだと 飯田さんに言われた気がした。
現実的に もう無理。何とも仕様がない。やりようがない。自分の責任ではなく状況がわるいから仕方がない。
だから 望み通り 希望どおり ならなくても しかたがないのだ・・・・・と諦めて生きてきたが、本当にそうだろうか。
努力して 今の行動を3倍増やして、怖いこと 嫌なこと、避けてきたことを敢えて挑戦することで 状況を変えて行く・・・・というのではない。
こんなとき 不謹慎であろうが 場に合わないと思おうが、関係なく、にっこり丁寧に 親切に さあ ここから なんとかなるのが自分だよ~っと 自分に対して宣言してしまう態度を取ってみるのだ!!と
ゲッターズ飯田さんが言ってる気がした。
それで 良くなるかどうかは しらん。
でも これで良くなるに決まってると 決断して勇気をもって進めることが 状況を 現実を 変えて行くのだと思う。
なんと 偶然で 出来すぎだが、
アマゾンプライムで「坂の上の雲」の映画12話を見ていた。
バルチック艦隊を向かい打つのに北回りか西回りかどちらを選ぶかという場面。
ここを通るというから通るのだ!と東郷氏の宣言に秋山氏が踊りだす。
物事は 後で見ると ドラマのようだ。
そのときはそうなると決めて動いた者が 制するのだ、
と こんなところでも教えてくれている。
こうすると決めると、状況をよくしていくための小さなアイデアは 湧いてくる。できることを全部して 、それでもできなければ仕方がない。やれることは全部やり切った。と思えるまで自分自身も追い込んでいく行為ができる。
今、自分に起こってることは 会社に起こってること、地域に起こってること、家族に日本に世界に、につながっている。とわたしは勝手に思ってる。
自分の新しい行動で 家族と日本と世界と 会社と 仲間に 何らかのすばらしい影響は及んでいくのだろう。
データの解放 プログラムの解放 思いこみの手放し。
すべては 私個人の 勇気のある 行動から 始まる。
勇気のある行動とは、どうみられるか どう思われるかを捨てて、人格が急変するくらいの態度の変化を堂々としていくことから始まるのだ。
この行動が 不思議と自然に先祖家族集合意識の思いしこりをやさしく霧のように散らしていくのだろう。
またまた偶然だが、本当は偶然ではなく必然なのだろうが、
昨日発売の週刊マガジンの はじめの一歩で、
魔にやられてしまいそうになった間柴が、一歩の声援で 闇を見抜き、「怖さをこえるために狂気に頼ってきた」「もういらない」というシーン。
なんだろう。自分の世界とマンガの世界と、実際に自身の仕事で得た体験からくる気付きが同時進行なのは おもしろすぎる。
もしかして 自分は マンガのシーンの 一部なのか?と思うくらい。
