すべてはうまくいってるというのは、

何もせんでも

勝手に周りが整えてくれるという 一面もあるが、

 

「変化が起こってる」と感じ取った自身の内面を すこしだけ深くほって、

何が起こってるのか

何がありそうか

ここからどうしていきたいか

何を無視するか

何が大事か

どういう自分でありたいか

小さな 些細なことで 実験していくことで

その結果 体験する出来事に 文句いわないという 一面

 

もある。

 

と 思ってたらそういうものを

もっとわかりよく整理したメッセージが後からくる。

 

しかし、察知したのは自分の方が先なのだ。

先に自分の感覚があると思う。

 

自分に問う

自分に聞いてみる

最近特に 良い感覚の 返事というか 信号がくる。

やってみて 任せるというのは

とてもいい。

(とてもいいってどういう意味か 語彙力表現が下手でいまいち伝えきれてないけど、)

 

 

 

やったあと 出来事 反応から 学ぶことつかむことに敏感になっていくと、たのしい。

これは入試問題を解いて後で解答解説を読み込んで 自分の解き方 発想が その通りだった時の感動に 似てる。

 

 入試問題を解いてみて、解いた後、回答 解説ページを見て、やっぱりそうか!思った通りや!という 思考考察を深めるプロセス。 これはこれで おもしろい。

 

同時に 自分の考えのさらに斜め上空800メートルくらいからの解説文に出会うこともあり、度肝を抜かれるぐらい よだれが出るくらい 感動るす。(感動るすってなんや! 感動する だあ)

 おおああああ! そう考えるのかあ!! そんな技があるのかあ!それは思いつかなかったあ!! すごい!

という 発見していく驚きと喜びがある。

 

 

 勉強は役に立たんという言葉が先走りすぎてるけど、自分で調べてやってみてあとで確認して再発見新発見していく過程が勉強なのだとしたら、確かに教えられて教わって順番に手順を組んで一歩一歩手をつないで引っ張ってもらう形の勉強は いらんのだと思う。 

これが 御門内から。

(誤変換オモシロ!)
 面白くないから。

 

 

 

なんだ。

自分が一番 おもしろい。