ロボット教室の中で、プログラミング活動の一環として、タブレットパソコンを利用したロボット教室を運営したり、プログラムの打ち込みの学習指導をしている。

 

小学校でも中学校でも、「これからの教育にプログラミング的思考を!」という掛け声は良く聴く。

 

そもそもプログラミング的思考とはどういうことか?

私が考えるプログラミング的思考とは、

何かやりたいこと、目標があり、達成したいことがあるとする。

その達成のために、何が出来るのか?

どんな選択肢があるか?

選択肢の一つを選ぶと、次にどんな課題がでてくるか?

出てきた課題はどう超えることができるか?

 

を 一つ一つ論理的に考えて計画して、道筋をつけていく思考訓練だと思う。

 

だから必ずしも、タブレットパソコンが無いとプログラミング的思考が養えないということはない。

 

数学の問題でも、国語の論文でも、社会の記述問題でも、

伝えたいこと、言いたいこと、答えたいことを、

どう書けば 上手に伝わるか?

どういう表現が一番適切か?

どのような順で考えていけば、正解にたどりつくか?

 

を丁寧に丁寧に、思考し推敲し練って表現していくこと。

 

これも プログラミング的思考を養うことに役立っていると思う。

 

 

 

 

 しかし、教わった通りにやってもうまく行かないこともある。

 

説明通り実行してるのに、うまく行かない。失敗する。何がいけないのかもわからない。説明された通り、指示通り行っているのに、正解できない。

 

こういうことも 当然起こる。

 

こんな時に どう行動し、修正していくことができるかも、プログラミング的思考だと思う。

何がいけないのか?

どこが間違っているのか?

どこまでは合っていて、どこでつまづいたのか?

理解できていることは何で、理解できていないのはどこか?

 

これも 一つ一つ 粘り強く探っていかないといけない。

 

小学生にとって、この 「一つ一つ 粘り強く探っていく」のが 大変なのだ。

 

こらえられず、耐えられないから、

泣いたりわめいたり、逆切れしたりするのだ。

 

 

でも、ここをこらえて乗り越えていくのが 勉強だし、学びだ。

 

そうすると、出来なかったことが出来るようになり、理解できなかったことが理解できるようになり、間違っていたことに気づいて修正していけるようになる。

 

乗り越えるために、イライラを感じたり、投げ出したくなる気分にはなる。

しかし、この「出来ない」、「失敗した」「間違えた」という事実を受け入れて、立ち直っていく経験こそが勉強なのだ。

 

 

心の耐性、心の強さ、立ちあがっていく気持ちを整える姿勢。

 

これは教えられてできることでもあるが、経験によって身につくことの方が多い。

 

だから、普段の授業で自分自身はどんな間違いをすることが多いのか、どんなミスをする傾向があるか、よく観察してみて置く必要があるのだ。

 

 

うまく行かないからやめてしまう。

うまく行かないから考えるのを止める。

うまく行かないから助けてくれるのを待つ。

声をかけてくれるのを待つ。

気分が乗るのを待つ。

 

このように、思考を止めてしまったり、ただ待つだけの姿勢が身についてしまった生徒はどうすればいいのか?

 

 

もうここまで来たら、学力や知力の問題ではない。

 

自分ではどうしようもない問題に出会った時、

「助けてください」、「教えてください、」

「ここまでできたけど、この次がわからないので、ヒントをください」と発言していくことが大事だと思う。

 

 

発言せず、質問をせず、ただだまってじ~っとしてるだけで、これまでいろいろな問題や障害を乗り切ってきたのだろう。

 

いや、乗り切ったのではなく、じ~っとしてイライラした様を強烈にアピールするから、周囲が迷惑に感じて仕方なくやってくれたり、助けてくれたりしてきたのだ。

 

しかし当の本人は そのことに気が付きにくい。

 

 

続きは また書くかも・・・・。