空想世界の自作の物語です。
読んで頂けたら嬉しいです**



精霊の涙


とある小さな町の外れに、
とても美しい湖がありました。

その美しさは、綺麗に透き通っていて、
くもりひとつなく、
湖の底がはっきり見えるくらいの綺麗さでした。


あまりにも透き通っていて、
湖の底がはっきりと鮮明に見えるものだから、浅い湖だと勘違いする町人が、
たくさんいました。


お日様にあたると、
湖の水面はきらきら輝き、
それはため息の出るような美しさでした。

その美しさに、この湖には、
清らかで純粋な精霊が宿っていると、
町人たちで伝えられていた程です。


現に、この湖には精霊が住んでいました。

町人たちの言い伝え通り、
清らかで純粋な女性の精霊です。


そんな精霊には、
とても深くて大きな悩みがありました。



この湖には透き通る美しさがあります。

お日様にあたるときらきらと輝き、
ため息の出るような美しさもあります。

その美しさに魅了され、
この湖を訪れた町人はつい、
この湖のきわまで来て、
つい両手を入れて触れたくなるのです。

湖の水をすくい、
手に取ってみたくなるのです。



そこまでは良いのですが、
両手ですくった湖の水が、
また湖へこぼれだして戻るとき、
町人は湖の底に目がいきます。

透き通っていてはっきりと見える底。
はっきりと見えるものだから、
浅いだろうと勘違いしてしまう綺麗すぎる湖。


あまりにも綺麗な湖に魅了され、
町人はその湖に入りたくなるのです。


『浅いから大丈夫』

そう勘違いして入ってしまうと、
深くて深くて底に足がつかず、
底を求めて立とうとすると、
底なし沼のように、
ぶくぶくと沈んでしまうのでした。

町人がその湖から、
戻ることはありませんでした。



清らかで純粋な湖の精霊は、
そんな町人たちに悲しくて涙を流すのでした。

その涙は止まらず、1日中泣き続けるのでした。


その悲しみの涙は、
美しく、清らかで純粋な涙。

湖の水となり、
きらきら輝きながら入っていくのでした。



町人が訪れる度に、
精霊は声をかけるのでした。

『この湖に入ってはだめよ』

町人の耳に、精霊の声は届きません。


『この湖はとても深いの。
危険だから入ってはだめよ』

たまに精霊の声が聞こえる町人がいました。


けれど、

気のせいだと思う者。

声が聞こえて驚いて、
その場を走って立ち去る者。

そんな町人たちばかりで、
食い止めることは出来ませんでした。


驚いてその場を走って立ち去る者は、
助かったのでは?と思いますよね。

ですが、
あまりにも綺麗な湖に誰もが魅了されるので、気になって途中で引き返して、
戻ってきてしまうのです。



そんなある日。

男の町人がこの湖を訪れました。

この町人もこの湖に魅了されました。


湖の精霊は声をかけました。

『この湖の底はとても深いの。
入ったらだめよ』


町人は、
目の前にいる美しい女性に驚きました。

湖の水面に立っているではないですか。

『あなたはいったい?!』

あまりにもありえない光景に、
町人はなんて声をかけてよいのか、
わかりませんでした。


驚いたのは、町人だけではありません。
湖の精霊も驚きました。

今まで声が聞こえた町人はいたけれど、
姿の見える者は誰もいなかったからです。


『わたしはこの湖に住む精霊です。
この湖を見つけて入ろうとする町人が、
たくさんいます。
この湖の底はとても深いのです
入ってはいけません。戻れなくなります』

湖の精霊はそう伝えました。


初めて意思疎通ができる者が訪れたので、
気持ちが高ぶり、今までの、
底に沈んでいった町人を思い出してしまい、
悲しくて、涙が溢れ出してきました。

その涙は止まらず、
ずっと泣き続けていました。

美しく綺麗な清らかで純粋な涙。



町人は、
精霊が流す美しい涙に魅了され、
泣き続ける精霊を、
しばらく見つめ続けていました。


やがて、
ハッと我に返った町人が言いました。

『あなたはいつも泣いているのですか?』


湖の精霊は答えました。

『湖の底に沈んでいく姿を見ると、
悲しくて1日中泣いています。
あまりにもたくさんの者が犠牲になり、
わたしはとても悲しくて泣き明かしています』


湖の精霊はまた思い出しては、
涙を流し、泣き続けるのでした。


町人は、
湖の精霊の流す涙を見て気づきました。

『聞いてください、湖の精霊さん。
あなたの涙が、
この湖を作ったのではないですか?』

綺麗に透き通っている湖と、
清らかで純粋な精霊の流す涙が、
同じだと気づいたのです。

清らかで純粋な精霊が流す涙が、
この透き通っていて、
綺麗な湖を作り出していたのです。


湖の精霊は思い出しました。
最初は小さくて浅い湖だったことを。

小さくて目立たなかったため、
誰も訪れてくれず、
さみしくて1日中泣き続け、
いつしか小さいけれど、
深い深い湖になっていったのでした。

清らかで純粋な精霊の涙でできた湖です。



『わたしはどうしたらよいのかしら?』

精霊は悲しみ、泣き続けました。


町人が言いました。

『泣くのはおやめなさい。
湖の精霊さんの気持ちはとてもわかります。
さみしかったのですね。
かなしくなったのですね。
でも、もう大丈夫ですよ。
わたしがあなたに喜びをあげます。
楽しさをおしえます。
だから泣かないでください』


湖の精霊はとてもうれしくなり、
泣くのをやめました。
自然に涙がとまっていきました。

今までなぐさめてくれる者や、
助けてくれる者、喜ばせてくれる者など、
湖の精霊にはいなかったのです。

いつもひとり。孤独でした。



『明日必ずまた訪れます。
泣かないで待っていてくれますか?』

町人はそう聞きました。

湖の精霊は静かに頷きました。




翌日、町人が約束通り、
湖の精霊の元を訪れました。

『湖の精霊さんにお友達を連れてきましたよ』

そう言って町人は、
後ろに連れてきた、たくさんの鳥たちを、
湖へ誘導しました。


鳥たちはとても綺麗で広い湖に喜んで、
跳びはねて入っていき、
楽しそうに泳ぎ始めました。

嬉しそうな鳥たちの鳴き声も聞こえてきます。


湖の精霊はとても喜びました。

今までひとりぼっちで
かなしくてさみしくて泣いていたけれど、
自分の住む湖に、楽しそうに喜んで、
遊んでくれるお友達がたくさんできたのです。

静かに静まりかえっていた湖が、
いっきに楽しく賑わい始めました。


『ありがとう』

湖の精霊は町人に、
喜んでお礼を言いました。


そして、こう付け加えました。

『あなたになにかお礼がしたいけれど、
わたしは何も持っていないの。
どうしたらよいかしら?』


町人は答えました。

『あなたが笑って楽しんでくれることが、
なによりの私へのプレゼントです。
喜んでいることが、
なによりの私へのプレゼントですよ。
そんなあなたを見ることができて、
わたしはとてもうれしいのです』


『またいつか会えますか?』

湖の精霊は聞きました。


『すぐに会えますよ』

そう言った町人の姿が、
突然、鳥に変わりました。

町人は人間の姿を借りた鳥だったのです。

普通の鳥ではなく、
精霊たちを見守る役目を担った、
特別な鳥です。


特別な鳥は、
自分で見守る精霊を選べます。

この湖には、見守ってくれる特別な鳥が
訪れてくれなかったのです。


町人に姿を変えていた鳥は、
森の精霊を見守る役目を終えたばかりで、
しばらく人間に姿を変えて、
過ごしていたのでした。

偶然にも、この湖へ辿り着いたのです。


人間に姿を変えていた特別な鳥は、
かなしみと孤独で泣いてばかりいた、
この湖の精霊を、
見守ることに決めたのでした。


湖の精霊もとても嬉しそうです。



その後。

特別な鳥はこの湖を離れることはなく、
精霊を見守る役目を担いながら、
いつも一緒にいます。


特別な鳥と、特別な鳥が連れて来た、
たくさんの鳥たちによって、
湖の精霊は、
かなしみの涙を流さなくなりました。

孤独を味わうこともありませんでした。


そして、鳥たちで賑わう湖に訪れた町人が、
湖の中に入ることは二度とありませんでした。


fin(おわり)**