教室でこどもたちに接していると、本当にひとりひとりが個性に溢れていて、こどもたちなりにみんな頑張っていることを常々感じます。

教室ですから、当然「学ぶこと」が主眼なのですが、その「学び」に関して、吸収のスピード、理解力、持続力、精神力などをみていると、これまた本当に様々です。

そして、これらが上向いているときは良いのですが、下降気味のこどもたちについては、その背後にある理由にも気を付けないといけません。

単に疲れているのか、学校で嫌なことがあったのか、家で怒られたのか、それとももっと根深いものがあるのか…。


この3年弱で、数十人のこどもたちと接してきて思うのは、まだほとんどがこの世に生まれてきて10年も経たないこどもたちでも色々なものを背負っている場合があることです。

それは家庭の経済的な問題だったり、家族関係の問題だったり、家族(あるいは自分)の病気や障害だったり…他にも、ここに書けないようなことも時々あります。

こういう問題は一般的に「skelton in the closet(世間や他人に知られたくない秘密や恥)」で、人に言えない事情のはずなのですが、それでも一部の保護者の方々からは「実は…」とお話をお聞きすることが少なくありません。

余談ですが、なぜか、私は会社のお勤め時代から、昼休みに後輩や同輩から人生相談をうけることが多く、単に話を聞いて、私が思うことをしゃべるだけなのですが、よく白昼堂々、ランチの最中に、泣きながら「実は…」と相談されることがよくありました。私自身は、それこそ周囲からみていると、私が泣かせているみたいにみえるんじゃないかと内心ドキドキしていたのですが(^^;)

そんなことを思い出したのも、教室で保護者の方々やこどもたちから、思いがけず色々な相談や打ち明け話をされることが頻繁になってきたからです。

話を聞くにつけ、保護者の方も、こどもたちも、実は結構深刻な問題を抱えているんだと実感します。
こういう話をされた直後は、私自身、その問題が乗り移ったかのように、どんなに大変だっただろうと打ちのめされてしまうのですが、それだけではお互い落ちていくばかりなので、まずは勇気を出して話をしてくれたお礼をいうことにしています。

そして、思いのたけをひと通り聞いた後は、少し我にかえって客観的に今できる対応策や解決策について、思いつくことを話してみるのですが、すぐに解決などできない問題であることが多いので、基本的には「聞く」、そして、とにかくひたすら「コミュニケーションをとる」ことに集中します。

話が終わったときに、抱えているものがほんの少しでも軽くなってもらえればいいのですが、大体はそんなに簡単なものではありません。
いつでもお話は伺いますよ…というしかなく、自分の非力を感じます。

それにしても、つくづくどこの家でも色々あって、みんな色々なことを抱えているんですね。
普通はskelton in the closetであることを考えると、2割以上の生徒さんの保護者(もしくは子供たち本人)が、たかだか教室の先生にこういう重たいお話をしてくれるということは、逆に言えば、私は知らないけれど色々あるケースはどれほど他にあるのかと推測してしまいます。

せめて、教室にきている間は、教室が「なんでも言える」安心感をもてる場所にしたいと思うのです。