平本あきおさんのメルマガで

「どうしたら幸せになれるか?」

の問いの答えはアドラー心理学の中では明確に3つだと答えています。


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①自己受容

②他者信頼

③貢献感


この3つが満たされてる時、人は『幸せ』、


アドラーはそう考える。・・・『幸福の3条件』。


①自分のことが好き、自分を受け入れられる、

②周りの人が信頼できる、自分の居場所がある、

③自分は、誰かの役に立てると、感じられてる。


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物質的な欲望が満たされても、精神的に惨めであれば
幸せだとは言えないですよね。

誰かの文章で
他人に何かをやってあげることで、その人にもっと貢献したくなる
と書いてありました。

その時は一瞬?と思いましたが、これが他人への献責感からの幸せなのでしょうか。


自己受容、他者信頼、献責感


覚えておきたいです。


今回の異動で受験ラサール谷山から昴甲南校へ異動となりました。


受験ラサールでは中3SSSコース生に高校内容を教えるため、
英語を必死に勉強しました。

この2年間で英語の参考書類はかなり増えました(^O^)

得たものが大きかったです。



昴甲南校は武岡トンネルの近くにあり、かつては
生徒数1000人を超えたこともあるそうです。

その頃とは子供の数は違いますが、
子供たちに伸びてほしいと考える親の願いは変わらないはずです。


今週が初めての授業で子供たちも私も新鮮です。

講師もみんな頑張ってくれています。


勤続21年目にして、初めての電車通勤をしているところです。



地域に満足できる、必要とされる教室となるように、
ベストを尽くしたいと思っています。


英語のいろいろな本に参照されている

現代英文法講義「安藤貞雄」開拓社


とうとう買ってしまった。。


定価は6600円。

アマゾンで消費税込み7128円也。


一昨日注文して、本日届きました。


半世紀に渡り筆者が書き上げた作品とのことで
「間違いなく日本で最高の英文法・語法の本です。」
と書評している人もいるほど。


確かに詳しい。


945ページのこの本早目に読了しよう。




現代英文法講義
12月20日の南日本新聞の「特攻この地より」の記事は衝撃でした。

第二次大戦中の特攻戦没者は5852人。そのうち鹿児島から出撃し
亡くなったのは2236人。

鹿児島には陸軍・海軍あわせて20の航空基地・飛行場、
25の水上、水中特攻艇施設。

特攻戦没者 鹿屋833人 知覧403人 串良341人 国分第一167人 
国分第二185人・・
喜界島、徳之島、古仁屋などからも戦没者が出ています。


以前広島で人間魚雷「回天」を見ましたが、
こんな狭いものに乗って死に向かう人の心境を考えると、胸が張り
裂けそうでした。


出撃する段になり失神したり、失禁するなど人事不省に陥る操縦者も
いたそうで、その人たちを5人ほど特攻機の操縦席に運びあげて出撃
させ、後悔している元整備兵の話もありました。

志願した者だけが出撃したといわれているが、実態は強制。国家が
死を強要していることになります。


なおアメリカは暗号名「オリンピック」「コロネット」で日本本土
上陸作戦を準備していました。戦争が8月に終わらなかったら
志布志湾や吹上浜からアメリカ兵が上陸する予定だったそうです。

日本は日本で45年6月に「義勇兵役法」を定め15~60歳の男、
17~40歳の女
全てを義勇兵として動員する態勢を整えていました。
これは正規軍が戦う前に爆弾を抱え、上陸後の米軍戦車に
飛び込んでいく特攻要員だと。

「日本人の5分の1が戦死する以前に敵の方が参ることはうけ合いだ」
特攻作戦を始めた中将の弁。

明らかに常軌を逸しています。
死体が並ぶ血まみれの日本を見て米軍がひるんだ時が、講和の時だと。


こんな時代に生まれなかった我々はありがたいとしか言いようがないです。


軍神、神鷲(わし)とあがめられた特攻隊。

特攻機の無線を聞く立場にあった元海軍士官の日記には
「きょうもまた『海軍のバカヤロー』といって散華する者あり」
恨む言葉も多かったとのこと。

最期の言葉は「お母さん」や交際していた女性の名前など。

二十歳で飛行技術もないまま、死ななければならなかった
若者の心境を考えると胸が痛みます。




「40歳から伸びる人 40歳で止まる人」川北義則 PHP


人間は自動目標達成装置

人は会った人間の数だけ賢くなる→人に会う

偶然を必然に変える

単なる中古車かクラッシックカーか 自分の存在

自分に投資をする

損な役割をどれだけ買って出るか

人生の幕をどう閉じるか

モノ、ヒトに固執しない

大人には伝える義務がある

単純な正義感×

晩節を汚さない

「いい人」と呼ばれないようにする

人間同士わかりあえないのが当たり前

子供の心 大人の心 親の心

自分を磨く→FA宣言

二束のわらじ

自分磨きにお金をかけているか

現役中に仕事と関係のない人脈づくり

信者>友人>知人>ファン>その他大勢
船井幸雄
信者、友人レベルを一桁で良いので作る

読書3種類 読みたい本 流行の本 古典

家庭を大事に

「女は深く見、男は遠くを見る(ドイツの劇作家グラッペ)

相手の手抜きを認める

妻と一緒に行動する

一人で過ごす時間を
一週間に数時間思索の時間を



老後を想像するところから始めてみようと思います。

今年もいよいよこの時期に。


昨日はスタートのオリエンテーションでした。
昔は決起集会と言っていました。

中3生が一堂に会しこれから入試までの過ごし方、勉強のしかたについて
話を聞きます。


講師の役目は生徒の心に火をつけること。

燃えるような、熱い気持ちでこれからの入試を乗り切ってほしいと思っています。


誰の為の入試か。

のみのサーカス

入試は団体戦

うさぎとかめ

感謝(ジョエルマの奇跡)


こんな項目で心を込めて話をしました。


ジョエルマの奇跡

ブラジルサンパウロ。25階建のホテルの12階から出火し火事が起こりました。

15階にいた29歳の母親と3歳の男の子は火と煙の中途方にくれていました。

このままでは助からないと判断した母親は

着ていた洋服と部屋のカーテンを引きちぎり、
男の子にぐるぐる巻きつけ
窓から飛び降ります。


母親は即死。

3歳の男の子は母親がクッション代わりになり、奇跡的に助かります。

専門家の話では15階から飛び降りるとふつう気を失うそうです。
気を失わないにしても、女の人に力で時速100キロ以上になる速さの中
子供を抱えているのは無理だそうです。


母親は自分の命をかけて子供を守りました。


これは30年以上前の話ですが、ブラジルでは今でも
ジョエルマの奇跡として知られているそうです。



入試は一人ではない。

自分のことを自分以上に考え、応援してくれる人がいる。

そのことに気づいたとき子供たちは本気で頑張り始めます。


書いてくれた作文にも頼もしい、嬉しい、決意に満ちた言葉
がたくさんありました。



みんな最後まで応援します。


がんばろう。



5月5日は移動日。

朝7時すぎに京都を出発。

ペンションのおじさんからTシャツを頂きました。

初めてペンションに泊まりましたが、ホテルと違うのは
泊まっているお客さん同士が挨拶を自然にするということです。

人が良い夫婦で、いいところでした。


もともとは来た道で帰る予定でしたが、
中国自動車道の方がすいているという情報を得て、
岡山JCTから山陽道をやめて中国道に変えました。

中国道は山の中なのでカーブがきつい個所もありますが、
本当にすいていました。

ゴールデンウィーク中は山陽道より中国道の方が
圧倒的に早いでしょう。


関門海峡をわたるまえにサービスエリアへ。

一休憩後九州自動車道で自宅まで。

家に着いたのは21時10分。

14時間くらいかかりました。


家についた後は長く高速にいたいたため
三半規管がおかしくなったので、ふらふら状態に。


なにはともあれ無事に帰れたことに感謝。

今年も楽しい旅行でした。


京都2日目。

バスで四条烏丸(からすま)まで。
京都の地名は不思議。

四条、五条が頭についていたり、後についていたり。
慣れるとそうでもないのかな。

乗り換えて鹿苑寺金閣へ。



池の真ん中にある金閣は堂々として立派です。
鯉もたくさん泳いでいました。
義満のお茶用の水をとる池がありました。


その後龍安寺へ。
白砂の中の石をみるのを楽しみにしていました。

なんとも言えない石の配置。

15個の石は他の石に隠れて一度には見えません。

ゆっくり静かに観賞したかったのですが、子供たちにはまだ
早かったようです。

周りで「14個しかない」と言い張る人もいて、知らずに物を
言うことの恥ずかしさ、よく見ることの大切さも再確認できました。

有名なつくばい(吾唯足知 われただ足るを知る)も実際に
見ることができました。


北野天満宮に寄り、たこ焼きを食べ、
二条城を歩き回りました。
広い!
大政奉還が発表された間があり、歴史を感じることができました。

その後錦市場へ。商店街です。
有名らしく京都の雑誌にはほぼ紹介されていました。

豆乳アイス⇒豆乳ドーナッツ⇒チョコレートコロッケ・17円コロッケ
⇒串団子・わらびもち

と結構食べました♪
豆乳ドーナッツが揚げたてでおいしかったです。


歩いて本能寺へ。
本能寺の能の字は見たこともない字で書かれていました。
子供たちに織田信長の話をしました。

すっかり暗くなりマクドナルドへ。

一日歩いて足が棒になりました。



金閣寺


龍安寺


龍安寺 つくばい


北野天満宮
 今年の行先は京都♪
 20年前に一人旅をした時以来。

 5月2日の夜8時7分鹿児島の自宅を出発。
 
 京都までは930キロあるので車で12時間かかる計算。

 2時間に1度休憩をとる予定であとはサービスエリアで
 疲れたら寝ることに。

 車には布団を積んでいるので子供たちは10時前には
 眠りに入りました。

 朝、京都まであと10キロというところでなんと30キロの
 渋滞につかまり、抜けるのに1時間15分もかかってしまいました。

 今回の宿泊はペンション。
 ペンション恋都(こと)という素敵なところに泊まりました。
 
 車を停めさせてもらい、バスで出発。
 1日乗車券500円(子供は250円)で乗り放題は安い!

 まず今回の目玉でもある
 「吉本新喜劇」を見に祗園花月へ。
 
 茂本辻雄が座長で、本当に楽しみにしていました。
 子供たちには驚かそうと直前まで妻と内緒にしていました。

 毎週土曜日に見ているのも面白いですが、生でみるのは
 全然違う。
 筋書きはいつものパターンなのですが、
 今回ゴールデンウィークのアドリブ祭りということで
 茂本が無茶振りをして、メンバーが慌てるのが本当に面白かった
 です。1時間はあっという間で、腹を抱えて笑えました。

 終わったあとのお客さんを楽しませるコーナーなどもあり、
 座長の機転の利いた発言がさすがでした。
 一人4000円払ってでも行く価値はありました。


 よしもとの後は歩いて清水寺へ。
 途中高台寺の塔も見えました。
 
 
 
 有名な清水寺。世界遺産でもあり、観光客の多さ。
 よく写真等でみる左側から、清水の舞台を眺められてよかったです。


 子供たちは地下鉄に初めてのり、速さに驚いていました。
 京都駅の地下で夕ご飯をとり、ペンションへ戻りました。

清水寺

清水寺2
10時15分八幡浜港発別府行きフェリーに乗船。

行きよりもお客さんは少なかったような。

外の潮風が気持ちよかった!


13時05分別府港着。

5分くらいのところにある「東洋軒」へ。

ここは大分名物「とり天」発祥のお店らしいです。

道路に車がずらっと並び、40分ほど待ちました。

とり天定食1300円。
食べきれないくらいのとり天が皿の上に。

からしや酢醤油をつけて食します。柔らかく美味しかった。


14:30に八幡浜発。渋滞で停まることはありませんでしたが、
車だらけでした。今年は5月6日が休日なので、昨年より車が少ない
のかもしれません。

19:00すぎに鹿児島着。


今年も楽しいGWを過ごすことができました。

感謝。