板橋さんと初めて出会ったのは、オシャレな銀座での異業種交流会です。

スーツのメンバーの中に、スポーツウエア―姿で、ニコニコと穏やかに話しかけてくれました。

話をすると、とてもしっかりとしていて、ハキハキとした話しぶりは自信に満ちています。

 

しかし、お肌の様子がピチピチだったので、

「おいくつですか?」と、オバちゃんは思わず聞いてしまったところ、

「26歳です」

 

えーーーっつ!!

うちの娘と同じ年ではありませんか!!

 

しかも、左手の薬指には指輪がキラリ☆彡

 

どういう育て方をしたら板橋さんのような息子になるのでしょうか???

本当に不思議(^o^)

 

今回、インタビューさせていただいて、26歳の板橋さんが今に至るまでの

苦労のストーリーを知ることができて、

ますます板橋さんを応援したくなりました!(^^)!

 

 

 

≪プロフィール≫

 

お名前:    板橋昭彦さん  

l年齢:     26歳

 出身地:   福島県会津

居住地:   中野区

  子どもの頃好きだった遊びは?:  ダンプカーを見に行くこと

 

福島の会津で、3人兄弟(姉、兄)の末っ子として育った板橋さんは、

大人しくて育てやすい子だったそうです。

 

特におじいちゃんにかわいがってもらい、

自転車のかごに乗って、よくダンプカーを見に連れて行ってもらいました。

 

 

 子どもの頃みたアニメや映画は?:    ナルト

 その他、ご自身のエピソードなどは?:  小さい体ながら相撲をやっていました。

 

 

子どもの頃は、地域の子どもたちとみんなで相撲をしたり

小学生の時から高校、大学まで

ずっと陸上一筋で頑張ってきました。

 

大学はなんと、中央大学の法学部学校推薦で合格したそうです。

きっと成績優秀な上、部活も部長としてやり抜く優秀な生徒だったのでしょうね。

 

 

≪インタビュー≫

 

❶普段のお仕事や趣味はどんなことですか?

 

夢の管理をする手帳の販売・・・「勇気の言葉手帳」

http://www.jupiter-blog.com/lifedesignbook/?p=46

 

目標達成コーチ

 

マラソンコーチ

 

趣味;自然、ホテルのラウンジでお茶、車の運転

 

❷今までどんな経験をされましたか?

 

駅伝

 

板橋さんは、努力は必ず報われると信じて、中央大学陸上部でも、ひたすら練習を続けてきましたが、

疲労骨折するなどを繰り返し、大学での陸上競技に限界を感じるようになりました。

 

まして、箱根駅伝には毎回出場するほどの強豪大学の陸上部。

高校の部活とは違い、周りは全国から集まった文武両道の優秀なライバルたちとの切磋琢磨の日々。

 

毎日が孤独だった」と、彼は言います。

そして、悩んだ末、3年生の時退部を決意

 

私は彼の話を聞きながら、「風が強く吹いている」という映画を思い出しました。

あの映画でも、相手を蹴落としてでも這い上がろうとする厳しい世界がありましたね。

 

❸その経験から学んだことはどんなことですか?

 

駅伝は人生と一緒だということ。

 

リレーは親子の関係と一緒

 

両親や祖父母から命のバトンを渡され、また次の世代に命や教えを伝えていく。

生まれ育った会津では、「日新館」という伝統のある学び舎が、今も歴史を今に伝えています。

有名な会津の白虎隊もここで教育を受けたそうです。

会津の日新館での教育は、「ならぬことはならぬ」

 

http://www.nisshinkan.jp/about

 

❹これからやりたいことや叶えたい夢は何ですか?

 

中央大学駅伝監督

 

 

自分の果たせなかった夢を、後輩たちと一緒に叶えたいそうです。

 

弱小と言われた青山学院大学を、箱根駅伝で優勝に導いた原晋監督のように、

目標設定チーム力を磨くような指導ができたら素晴らしいですね!!

 

 

❺皆さんに伝えたいことはありますか?

 

人生はマラソンと一緒である

 

 

会津出身のマラソン選手 佐藤敦之さんをとても尊敬しています。

 

彼は2008年の北京オリンピックに出場した時、調整がうまくいかず、レース序盤で脱落し、

途中棄権も危惧されるほどペースダウンしましたが、、

最終的には最下位(76位)で完走しました。

 

そして、翌年の2009年8月、世界陸上ベルリン大会の男子マラソンでは

、レース中盤は14位前後でしたが終盤に追い上げ、

日本男子で最高順位となる6位入賞と健闘しました。

 

彼の、最後まで諦めない不屈の精神に感動したそうです。


❻夢に向かって頑張っている人で、素敵だなと思う方を教えてください。

 

浅川智仁さん

 

 板橋さんは、大学時代に陸上を辞め、精神的に追い詰められ、

八方ふさがりの苦しい時代を送りました。

 

やることなすことうまくいかず、いろんな勉強会に行ったり、占いを学んだり、

道を求めていろんな勉強をしました。

 

すると、大学で噂が広まったのか、学生課から呼び出され

へんな勧誘や宗教をやっているのではないか?」

と詰問されたそうです(笑)

 

 会津の実家に帰ると、「お前はいったい大学で何をやっているんだ!!」

父に殴られ、家に閉じ込められたそうです。

 

中央大学卒業後(23歳)は、1年間、都内でタクシードライバーとして働きました。

なぜなら、人と話すのが怖くて対人恐怖症になっていたし、組織に入らず一人でもできるからです。

 

2016年(24歳)に浅川さんのセミナーを受けて、自分の進むべき道をやっと見つけられたそうです。

そして、自分のやりたいことを仕事にするたため、「(株)成功行動習慣研究所」という会社を設立し、

同時に13歳年上の奥様と結婚式も挙げました。

 

今は主に、「勇気の言葉手帳」の販売や、皇居で早朝マラソンの会を主宰しています。

 

 

私は、「もう歳だし、どうぜ無理~」と思うこの頃でしたが、

板橋さんの経験談を聞いたり、夢に向かってキラキラしている姿を目の当たりにして、

「なんかいいな~~」と思うようになり、

私も2018年から「勇気の言葉手帳」を使い始めました。

今は、毎日この手帳を持ち歩いて、夢に向かう充実感を実感しています。

 

ウクレレを弾けるようになる♪」という項目も書かなかったら、

「いつかウクレレを買いたい」と10年位言い続けていたと思います。

手帳に書いたのが1月で、

1月末に体験教室に行って

2月にはウクレレを買って、

今では毎晩楽しく弾き語りをしています。

 

夢は書くことで行動に火が付くということを実感しています。

 

 

板橋さん、中央大学の陸上部のコーチになる

という夢に向かって頑張ってください。

 

その時は、ブログを読んでくれたみんなで、箱根駅伝の応援に行きましょう!!