名前:Y.Mさん

 

出身地:神奈川県鎌倉市で生まれ、成田市在住。

 

年齢:40

 

仕事

空港関連の会社で、エコノミークラスやプレミアムエコノミークラスの機内で提供される機内食をセットする仕事です

 

子供の頃の遊び:

ファミコンのゲームやトランプ、ウノ、花札、麻雀

 

好きだったアニメ:

ちびまる子ちゃん、サザエさん、ドラゴンボール、ドラえも

 

良くニュースや天気予報は欠かさず毎日同じ時間に観る習慣がありました。

 

どんな夢に向かって頑張っていますか?

 

誰からも思いやりの塊で、それぞれの方をいい方向に見て、お互いの成長を続けて行くために日々勉強しています。

 

夢は、子供の頃からのもののうち、第2希望である人事部人事課に入ることです

 

沢山の方に夢を与え、公平で偏見、差別、年齢、男女関係なくきちんと一人の人間として見て、お互いの成長を見て行くのが夢です。

 

ご自身の経験は?

 

今まで経験して来た事 幼少の時からいじめに遭い、一通りの嫌がらせも沢山受けていたので、何度も何度も自殺を考えましたが、いつも寸前で、 「あと少しだけ生きてみよう」 の繰り返しでした。

 

女性には全くモテず、人見知りだった私が好きだった事は、旅行と鉄道と麻雀でした。

 

そんな私が22歳で人生初の恋心を持ちました。

しかも、福岡に旅行で行った時に出逢った方でした。 

とても優しく、話し易い方で一目惚れでした。 思いきって告白しましたが、玉砕でした。

 

大変ショックを受けましたが、友達でいる事は出来ました。

 

同じく22歳の夏に、うつ病にかかり、会社を退職しました。

 

そこから、定期的に精神科に通うようになりました。

睡眠導入剤がないと眠れなくなったのもその時からです。

 

 精神的な病はどんどん悪化し、私の中で4人の私がいるという事もありました(精神分裂症)

 

沢山の薬を飲み、自律神経失調症、神経症など、様々な診断名だらけになっていました。

 

そんな私にも、また出逢いがありました。 

23歳の夏、愛媛県松山市に2回目に旅行に行った時に、今の奥さんと出逢いました。

告白して、初めてOKをもらった時には、今までにない喜びを味わいました

 

しばらく、鎌倉か東京と松山市を行ったり来たりしての遠距離恋愛でしたが、25歳の秋に遂に私が実家を飛び出し、

今の奥さんと引き続き付き合って行く為に、単身で愛媛県松山市に引っ越しました

 

今でも、引っ越した日ははっきり覚えています

愛媛県に引っ越して、いきなり研修期間中に職を失い、その後も長く続かず原因は全て人間関係でした。

 

そんな私も、29歳で何とか結婚できました

それからは、地域の行事に参加するようになり、少しずつ出会いが広がっていきました

(後に、31歳の時に発達障がいの一つである、「アスペルガー症候群」とわかり、他のは全て二次障がいによるものでした。)

 

 調べて、過去を振り返ってみたら、該当する部分がほとんどで、やっと長い間私を苦しめていた原因がわかりました

 

アスペルガー症候群   http://www.kaien-lab.com/faq/asperger/

 

l発達障がい、ADHD(注意欠陥多動性障がい、2016年に正式に診断が出ました) を抱え、更に気管支喘息、逆流性食道炎の持病がありますが、それらを全て温かく理解して私を受け入れてくれた皆様には、本当に感謝とありがとうの気持ちでいっぱいです!

 

 

私の両親は、今でも父親については、私が生まれつきからの発達障がいになっていた事を認めていませんので、この話には触れないようにしています。

それよりも、人間として、社会人として前を向いて行っている姿勢を理解してもらうように日々努めています

 

障がいの事はオープンにして、周りの方々に理解をしてもらった上で、それでも受け入れてくれた方々と、今は仲良くさせてもらっています

 

でも、中には、発達障がいの事を明かした途端、偏見、差別を受け、凄く辛い思いをした事もありました。 ひどい方は、あなたみたいな障がい者とは一切関わるつもりはない、あなたの顔なんか二度と見たくないと言われた事もありました。

 

それでも、めげずに、何とか人と会う事だけは続けました

 

 でも、気がついたら、知らないうちに少しずつ人見知りがなくなってきていました。

 

そして、2016年の秋に関東に戻って来ました。

昨年は新しい出逢いが大変多く、とても勉強になりました

 

私は、今の奥さんと結婚してから、地域行事の参加からスタートし、フェイスブックで一気に交流範囲が大きく広がり、沢山の素晴らしい方々に出逢う事が出来ました

 

今までの経験から学んだ事、伝えたい事

 

私の障がいを理解した上での対応をしてくださった 皆さんの応援があったからこそ、人見知り失敗を恐れて何もできなかった私が、逆に失敗してもいいから何でも前向きに挑戦出来ることはやってみる、にすっかり私が変わる事が出来ました

 

 

私はこの方々を、人生の中での一生の恩人と思っていて、一生頭が上がりません

感謝しても、とても感謝しきれません。

 

 

ただし、精神的、肉体的にも、好不調の波は一般の健常者の方より波が遥かに大きいので、無理は今でもしないようにしています

 

健常者の方も、障がいのある方でも、気持ちや考え方、やり方は皆さん違って当然です

否定せずに、そういう考え方、方法もあるのかという姿勢で、常に謙虚な気持ちで前に向かって進む気持ちが大事です

 

私は、他の人からされたら嫌な事はしないように気をつけていますし、苦手な人、嫌いな人を決して私からは作る事は決してしないようにしています

 

それでも、当然失敗はあります。 私の場合は、私が何か至らない事や失礼な事をした場合は、誰かを通さずに直接すぐに私に言うように皆さんにお願いしています

 

何故かというと、問題点がその場ですぐにわかる為、改善が早く出来るからです

 

これが、間に誰かを通して言った場合、その方の考え方も入ってしまう為、本当に言って欲しい事が伝わりにくい事が多いからです。

 

人間、誰でも、得意、不得意があるのは当たり前ですし、それが皆さん違って当然なのです

 

 

私は、長距離とは、まだまだ縁がありませんが、皆さんの考え方、意識、目標を話の中で聞いているので、頭脳面、コースの特徴など、身の廻りの事をサポートできるようにしていきたいです

 

lまた、人間面でも、明るく前向きに、和気藹々と皆さんで成長していき、一生の宝物の親友でありたいと思っています。

l年齢、性別、環境や仕事は一切関係なく、皆さんと楽しく人生を歩んで行きたいです。

 

 

これからやりたいことや夢は?

 

沢山の方々に出逢い、お互い話をする事により、更に勉強して、私の人間としてのレベルを向上していきたいと思っています

また、ご縁による繋がりを更に増やしていけたらなおさら嬉しいです。

 

私は、私の母を目指しています。 誰に対しても、嫌な顔をせず、温かいおもてなしを出来るようにしていきたいです

誰からも、思いやりと優しさのかたまりと呼ばれる人間になりたいです。。

私の両親は、今でも父親については、私が生まれつきからの発達障がいになっていた事を認めていませんので、この話には触れないようにしています。

それよりも、人間として、社会人として前を向いて行っている姿勢を理解してもらうように日々努めています

 

母親は、発達障がいの診断が下る前に他界していましたが、私が苦しんでいても、温かく見守ってくれていました。 今の私の奥さんを初めて私の母親に紹介した時は、温かく歓迎してくれました

 私の母親は、誰に対しても嫌味を一切言わず、誰に対しても温かく思いやりの心で接していました

 今でも、私が何かあると、必ず私の母親が夢に出て来て、私に囁いていますよ

 

l夢は、どこかの会社の人事部人事課(または総務部人事担当)になる事です。 人と向き合う、人を育てる、人の役に立つ仕事が出来たら最高です

 

もう一つの夢は、私の友達を集めて、飲み会をする事です

愛媛県松山市は、道後温泉をはじめ、沢山の名所があります

愛媛マラソンで集まり交流したい。

人柄も温かい方ばかりで、おすすめです

 

愛媛マラソンhttps://ehimemarathon.jp/

 

 

あと、私が住んでる千葉県成田市です。

成田空港ばかりがイメージされますが、成田山新勝寺やうなぎが有名で、私達、障がい者にもかなり進んでいる制度があり、大変住みやすい街です

 

皆さんに伝えたい事

 

人間、何歳からでも、障がいがあっても、 失敗してもいいので、何事も前向きに取り組んで欲しいと思っています

 

人間、成功ばかりでは何も学べません。 失敗したからこそ、学ぶ事が多いのです

 

何歳からでも、成長はできます!

 

されたら嫌な事は決して自分からしないで下さい

それと、嫌いな人や苦手な人は自分では作らないで下さい

それを思う事自体がマイナス思考です。 

とてももったいないですよ

 

あと、人の好意を踏みにじる事は決してしないで下さい

相手の方に大変辛い思いをさせてしまいます。

 

ありがた迷惑、余計なお節介と思うことも決してしないで下さい。 これらもまた、全てマイナス思考になります。

 

これらの事には全て、ありがとうと感謝の意を相手に伝えて下さい

必ず、良い形で返って来ます

 

皆さんが、皆さんに対して、思いやりと優しさと感謝とありがとうの気持ちを持って欲しい事を、切に願います

 

 

 

Y.Mさんは、病気を抱えながらも、どうしたらみんなと一緒に生きていこうと、諦めずに前へ進み続けてきたのですね。

 

優しいお母さまがどんな時も、認めて励ましてくれたからこそ、今のY.Mさんがあるのでしょうね。

 

悲しみも喜びもたくさん味わってきたからこそ、理解のある奥様やお友達に恵まれたんだと思います。

 

これからも、失敗を恐れず、いろんなことにチャレンジしていって、夢をかなえてくださいね。