感動
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チリからのメッセージ

被災者の皆様へ

いつか東北の人にもこんな笑顔が戻ってほしい

立教新座中学・高等学校 校長先生の言葉

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。






 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司

日本人のモラルに世界が驚く.

ディズニーランドでの出来事
http://twitter.com/unosuke/status/46376846505426944
ディズニーランドでは、ショップのお菓子なども配給された。ちょっと派手目な女子高生たちが必要以上にたくさんもらってて「何だ?」って一瞬思ったけど、その後その子たちが、避難所の子供たちにお菓子を配っていたところ見て感動。子供連れは動けない状況だったから、本当にありがたい心配りだった

* 国連からのメッセージ
http://twitter.com/akitosk/status/46302222346223616
国連からのコメント「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する。」 に感動した。良い事をしたら戻ってくるのです。これがいい例なのです

* 渋滞した交差点での出来事
http://twitter.com/micakom/status/46264887281848320
一回の青信号で1台しか前に進めないなんてザラだったけど、誰もが譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。複雑な交差点で交通が5分以上完全マヒするシーンもあったけど、10時間の間お礼以外のクラクションの音を耳にしなかった。恐怖と同時に心温まる時間で、日本がますます好きになった。

* 揺れている最中でも・・・
http://twitter.com/gj_neko26/statuses/46394706481004544
聞いた話でびっくりしたのが、とっさに「入口の確保」と揺れてるにも関わらず、あの状況で歩いて入口を開けた人が居たのが凄いと思った。正直、シャンデリアも証明も何時落ちるか分からないのに、凄く勇敢な人が居た事に感動した。

* バス停で・・・
http://twitter.com/yunico_jp/status/46168394755612672
バスが全然来ない中、@saiso が、バス停の前にある薬局でカイロを買ってきて、並んで待ってる人みんなに配った!

* ディズニーシーにて
http://twitter.com/kfstudio/status/46390032776437760
ディズニーシーに一泊した娘、無事帰宅しました!キャストのみなさんが寒い中でも笑顔で接してくれて不安を感じることなく過ごせたそうです。防寒のカイロやビニール袋、夜・朝の軽食と飲み物、おやつまで。ディズニーの素晴らしさに感動です。頑張ってくれたキャストさん、ほんとにありがとう!!

* 日本人の良さを再認識
http://twitter.com/VietL/status/46376383592677376
この地震が、きっかけになって、失いかけていた日本人本来の良さが戒間見れた気がする。犯罪はする様子はなく、助け合い、律儀、紳士的。普段日本人は冷たい人が多い…。って個人的に感じてるんだけど、多くの人が今回で「絆」を取り戻しつつあるように見えて、それがなんか感動して、泣けてくる。

* タイムラインに感動
http://twitter.com/rabukj8/statuses/46392080842506240
TL見て感動した。みんなが、ひとりひとりが大変な状況にいる人に笑顔を伝えようと、前向きになってくれるような発言がいっぱいで。TLがあたたかい。みんなのコトバを見て笑顔が少しずつでも増えればいいな。被災地の方、頑張れ、応援してくれる人がたくさんいます。

* 段ボールに感動
http://twitter.com/aquarius_rabbit/status/46213254376210432
ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです。

* 外国人から見た日本人
http://twitter.com/kiritansu/status/46335057689980928
外国人から見た地震災害の反応。物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。本当だろう、この話。すごいよ日本。

* メディアの動きについて
http://twitter.com/V10CENTAURO/statuses/46388641001508864
ツイッターやUSTでの状況共有と、それに連動するマスコミの動きは、阪神淡路大震災の時とは比べ物にならない質の高さを感じる。もちろん過去の辛い経験から得た教訓を、みんな活かそうとしている感動。

* ツイッターに感動
http://twitter.com/masahiro22nd/status/46375377395912704
それにしても、電話もメールも繋がらなかった中でのTwitterの強さには感動した。 171より役に立ったんじゃないだろうか。 否定的な意見も多いけど、垂れ流されたRTのほとんどはきっと誰かの心を支えたと俺は思います。 必要不必要は選ぶ側で決めればいいだけ。

* 絵師さん
http://twitter.com/izumi823/statuses/46387948681297920
絵師さんたちがこの地震でみんなに元気付けようと必死に美しい絵や励ましのイラストを描いていることに感動。みんな自分にできることをしたいと思っているんだね。

* BBCの報道
http://twitter.com/bozzo1985/status/46228470614855681
本当に感動。泣けてくる。⇒BBCめっちゃ誉めてる。地球最悪の地震が世界で一番準備され訓練された国を襲った。その力や政府が試される。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある。

* 父親の行動
http://twitter.com/s_hayatsuki/status/46386255767937024
1階に下りて中部電力から関東に送電が始まってる話をしたら、普段はTVも暖房も明かりもつけっぱなしの父親が何も言わずに率先してコンセントを抜きに行った。少し感動した。

* 整列する日本人
http://twitter.com/HASUNA_Natsuko/status/46331839136276480
日本人すごい!!こんな時にも山手線ホームできれいに整列してる …涙。有楽町駅を上から眺む。 ・http://twitpic.com/48kn1u

* パン屋
http://twitter.com/ayakishimoto/statuses/46403599743451136
昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する道すがら、とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。こんな喧噪のなかでも自分にできること見つけて実践している人に感動。心温まった。東京も捨てたもんじゃないな。

* 日本ってすごい
http://twitter.com/tksksks/statuses/46403815397801984
日本って凄い。官僚も民間も、皆で助けようとしてる。トラックの運転手も有志で物資運んでるらしいし、東北の交通整備をヤクザさんがやってるという話も聞いた。最近、日本に対して誇りを持てないことが続いていたけれど、そんなことない。日本は凄い国だ。素直に感動してる。日本国の皆さん頑張ろう!

* twitterすごい
http://twitter.com/bobiko009/statuses/46403721046933504
Twitterの方々の情報とかが一致団結しててすごくたすかります。みなさま親切です!!こういうとき、なんか、感動します。最近は近所とつきあいなかったり冷たい世の中だとか思ってたけどそんなことなかったね。

* ドイツ人の友達
http://twitter.com/sikkoku_otsuyu/status/46392832893796352
ドイツ人の友達が地震が起きた時に渋谷に居て、パニックになっていた所を日本人に助けてもらったらしく、その時の毅然とした日本人の態度や足並み乱さずに店の外に出てやるべきことを淡々とこなす姿にひどく感動し、まるでアーミーのようだったと言っていた。

* スーパーでの出来事
http://twitter.com/endless_6/status/46395420523503616
スーパーで無事買物出来ましたヽ(´o`; でもお客さんのほとんどが他の人の事を考えて必要最低限しか買わない感じだったのが感動しました(涙)

* 御殿場で
http://twitter.com/Raaaaayuu/statuses/46392890313801728
実際日本すごいよ。昨日信号が一カ所も機能していない御殿場市でもお互いにドライバー同士譲り合ってたし、地元のおじいちゃんおばあちゃんが手信号やってくれてたりで、混乱もなく本当感動した。9時間運転してたけど前車を煽るようなドライバーはもちろんいなかったし、みんな譲り合い精神。

* 「みんな」
http://twitter.com/n_yum/statuses/46388003706380288
タクシー運ちゃんと電車駅員さんとおばさんと話したけど、みんな遅くまで帰れなかったりしてすごく疲れているのに、苛立つ事なく、言葉遣いもふるまいも丁寧で、逆に気遣われてしまった。「みんな大変だから」という"みんな"って意識があることに感動するし、私も受け継いで大事にしたい文化。

* 日本の強さ
http://twitter.com/dita_69/status/46309373458382849
サントリーの自販機無料化softbankWi-Fiスポット解放、色んな人達が全力で頑張っててそれに海外が感動・協力してる。海外からの援助受け入れに躊躇したり自衛隊派遣を遅らせたりしてた阪神淡路大震災の頃より日本は確実に強い国になってるんだ。みんな頑張ろう。

* 朝礼
http://twitter.com/kyoheimai/status/46374747755388928
今朝の朝礼で「何があっても決して不安な顔は見せずに売り場に立つ以上はおもてなしをする気持ちを忘れずにお客様を安心させてあげてください」ちょっと感動した。がんばるか。開店です!

* 井上さん
http://twitter.com/frankyonn/status/46401442583552000
井上雄彦さんがものすごい勢いで笑顔のイラストをいっぱいあげてて感動する。励ましとか勇気とかメッセージって、こういうことなんだなーと思う。 RT@inouetake Smile42. http://twitpic.com/48n11d

* 人のぬくもり
http://twitter.com/Ryunosutake/statuses/46389829486919681
昨日、信号が完全に機能していなかった鎌倉で、人力車のお兄さんたちが手信号やってたのと、モータープールで停電のために出られなくなってる車を近所の住民さんたちが車持ち上げるの手伝ったりと、人の温もりにすごく感動した

* 学び
http://twitter.com/chaos_chaotic/statuses/46388646038876160
TLの拡散希望を見て思ったことは、阪神淡路大地震から学んだことがとても多くツイートされていること。当たり前のことなんだけど、やはり人間は、学んで考えることができる生き物なんだと改めて思い、感動した。

* ローマから
http://twitter.com/tsubakianna/statuses/46387133396688896
ローマにいる友達からメール。ローマの人々はニュースを見ながらこのような状況でも冷静に対処する日本人に感動し、尊敬の念を覚えながら、非常に心配しているとのことです。

* 声をかけること
http://twitter.com/RUMI88LoL/statuses/46342599149240320
昨日、裏の家の高1になるお兄ちゃんに感動した。 家に1人で居たらしく、地震後すぐ自転車で飛び出し近所をひと回り。 【大丈夫ですか―――!?】と道路に逃げてきた人達にひたすら声掛けてた。あの時間には老人や母子しか居なかったから、声掛けてくれただけでもホッとしたよ。 ありがとう。

* 助け合い
http://twitter.com/sorry_no_user/statuses/46332985133375488
警備員の友人何人かが町田~相模大野で夜間警備のボランティアをしていたので手伝ってきた。年齢問わずいろんな知らない人同士が助け合っていて心強かった。ちょっと感動してトイレの隅で泣いた。

* バイクでよければ
http://twitter.com/hikaru_star/statuses/46332900928532480
僕は感動しました。バイトの先輩が1人でも救うために寒い中紙に「バイクでよければ送ります」と書き駅前で掲げ鳶職のお兄ちゃんを所沢まで送ったそうです。世の中まだ捨てたもんじゃないなって思いました。本当に尊敬です!!自分もなんか人の役に立ちたいと生まれて初めて思いました。

* 乗り合い
http://twitter.com/pao313/statuses/46332792174411776
浦和美園からタクシー使えると思ったのが甘かった…30分歩いてたら知らない人が車に乗せてくれた(つд;*) 人間の優しさに感動。ありがとうございました。

* 開放
http://twitter.com/robasuke23/statuses/46326711935172609
昨日、歩いて帰ろうって決めて甲州街道を西へ向かっていて夜の21時くらいなのに、ビルの前で会社をトイレと休憩所として解放してる所があった。社員さんが大声でその旨を歩く人に伝えていた。感動して泣きそうになった。いや、昨日は緊張してて泣けなかったけど、今思い出してないてる。

* コンビニ
http://twitter.com/sugarun/statuses/46323030732967936
停電地区のほとんどの店が店を閉めてる中、あるセブンイレブンが店内陳列棚にいくつもろうそくを置いて、営業をしていた。レジが使えないため在庫確認用のハンディで値段確認し読み上げ、もう1人が電卓で計算、もうひとりが懐中電灯で照らす。その状態でレジ2台稼動させていた。感動した。

* 避難所
http://twitter.com/msakatan/statuses/46302864980705280
長女いわく、横浜の避難所に向かう時に、知らない人達と声を掛け合い、場所を教え合っていたそうです。普段は冷たいと思っていた他人の優しさに触れ、感動したそうです。日本人のいざという時の団結力を再認識しました。まだまだ日本も捨てたものではないです。

* 呼びかけ
http://twitter.com/akanensm/status/46214540161064960
何時間も歩き続けてたんだけど、至る所でトイレかしますとか、休憩できますとか言うビルや飲食店が沢山あって感動しました。とある企業ビルの人がボランティアで、○○線運転再開ですー!とか、休憩できますー!!って呼びかけてるの見て感動して泣きそうになったマジでw日本も捨てたもんじゃないな

* ホームにて
http://twitter.com/masa_kisshie/statuses/46323838316843008
都営大江戸線の光ヶ丘方面行きは、非常に混雑しています。ホームにも、改札の外にも、電車を待つ溢れんばかりの人。でも、誰一人列を崩さず、通路を開け、係員の誘導に従っている。ロープがあるわけでもないのに、通る人のための通路スペースが。その不自然なほどの快適さに、ただただ感動するばかり。

* 駅員さん
http://twitter.com/tadakatz/status/46274214654787584
終夜運転のメトロの駅員に、大変ですねって声かけたら、笑顔で、 こんな時ですから!だって。捨てたもんじゃないね、感動した。

* おっちゃん
http://twitter.com/sumonya/status/46479563412348928
昨日4時間かけて歩いて帰ってきた主人。赤羽で心が折れそうになってた時「お寒い中大変ですね!あったかいコーヒーどうぞ!」って叫びながら無料配布してるおっちゃんに出会った。これがあったから頑張れたそうだ。もう5回もこの話をしてくるので本当に嬉しかったんだと思う。おっちゃんありがとう。

* 献血の列
http://twitter.com/NOBCHIDORI/status/46477518169047040
日本は強いです!大阪難波の献血施設は被災地の方の為に超満員の順番待ちでした。私欲の無い列を初めて見ました。感動しました。被災地の方々、全国でその辛さを受け止めます。諦めずに頑張って下さい!
* 節電営業
http://twitter.com/hisyakakukeima/status/46584079558250496
近所のスーパー・サミットに来てみたら、通常深夜1時まで営業なのに大きい看板が付いていなかった。早めに店を閉めたのかと思ったら、外の電気だけ消して節電しつつ営業していた。ちょっと感動

* 今日は休みだよ
http://twitter.com/inouenana/status/46593538829451264
バイトくんの中に、東北が実家の子がいたらしく。弟「今日はバイト休んでいいよって伝えてくれる?」従業員「わかりました(電話で)あ、今日、店休みだってさ」......彼の伝え方に感動した。気遣いって、こういうことだ。

* 買うのやめるわ
http://twitter.com/raai15/status/46546475362160640
バイト先に若いお兄さんたちが軍団でお酒を買いに来たんだけど、その中の一人が「やべえ、オレお酒のためにしかお金持ってきてないから募金できん。ちょっとこれ買うのやめるわ」って言って商品返品してそのお金全部募金してた。お友達も続々と募金しててすごい感動した。 すごいよ

* いつでも買える
http://twitter.com/7474529/status/46565903520907264
今日、募金箱に金髪にピアスの若い兄ちゃんが万札数枚入れていた。そしてその友人に「ゲームなんていつでも買えるからな」と言っていたのが聞こえて私含め周りの人達も募金していた。人は見た目じゃないことを実感した。そんなお昼でした。 この話感動しました。

* 絶対うまいはず
http://twitter.com/kyugatimuti/statuses/46594200061493249
僕も秋葉からの帰りにおにぎりとみそ汁配ってる方に会いました、感動しました、チャリだったからダイジョブです他の人にって言ったけどもらっておけばよかったなぁ絶対うまかったと思う

* お菓子いっぱい
http://twitter.com/moebamuse/status/46379810217406465
すごい。弟たった今ディズニーランドから帰宅したんだけど。新品のお菓子袋いっぱいにもらってきて、客全員分の帰りの交通費負担してくれたんだって。一晩中、何か言えば全て対応してくれたって。やっぱり世界のディズニーランドなんだね。

* 困ったときは!
http://twitter.com/ryoshun49/statuses/46605524434821120
昨日青葉台駅で帰宅困難者が溢れる中、車に乗ってる人が「○○方面の方どうぞ!」って行って車に乗せてた。「困った時はみんな一緒ですから!」って言ってた。超感動したの思い出した。

* 充電されたい方は・・・・
http://twitter.com/yamachin_x1/statuses/46609620210421760
避難所にいたときに、社会人1年生で、研修でこっちにきてた女の子が、たまたま携帯のバッテリーも持参してたらしく、体育館のコンセントを使用する許可ももらい、「携帯の充電をされたい方は、ご自由につかってください」と呼びかけて回ってたんだ。僕はその子にとても感動したんだよ・・・

優しい記憶

ウエディングプランナー 有賀明美さん  http://profile.ameba.jp/a-ariga/



先日、お手伝いさせていただいた結婚式で


とっても素敵なキセキが起きました。




お父様のことがとても大好きなご新婦。



一足さきに海外で挙げた結婚式で


お父様とバージンロードを歩いた時の


幸せだったそのときの気持ちを嬉しそうに何度もお話してくだいました。




バージンロードを歩くご新婦とお父様のお写真も見せて頂き、


お父様の表情を見ていたら、


きっとお父様も愛する娘へ伝えたいお気持ちが


たくさんあるんだろうなぁと感じました。




花嫁の父こそきっと心に秘めた様々な想いがたくさんあるはず。



でも、なかなか披露宴の中で花嫁の父が想いを伝える機会はありません。




なければ、つくればいい。




というわけで、


ご新郎のご協力のもと


ご新婦のお父様へ連絡をし、


愛する娘へ伝えたい素直なお気持ちを


お手紙につづってきて頂くお願いをしました。




照れくさくて無理、と断られるのも覚悟していましたが


思いのほか、


「伝えたいことがたくさんありすぎてうまくまとめられるかな・・」


という前向きなお答え( ´艸`)




披露宴当日、お父様のお席へご挨拶へうかがいました。




「お手紙、、、、書いていただけましたか?」




そんな私の質問に


照れくさそうに胸ポケットから取り出したのは、


くしゃくしゃの紙。




それは、何度も何度も書き直し、


読み返した跡の残る


くしゃくしゃになったお手紙でした。




そのくしゃくしゃの手紙を見た瞬間


何だか色んなお父様の想いが伝わってきて


思わず胸があつくなってしまいました。




披露宴も終盤。




本来なら花嫁のお手紙の時間。




「ここで、新婦から感謝のお気持ちを込めてご両親へお手紙を・・


といいたいところですが、その前に・・」




お父様にスポットがあたります。




驚くご新婦。


ざわめく会場。



前代未聞の花嫁の父のお手紙の朗読です。




「娘が生まれるとわかった瞬間、嬉しくて嬉しくて・・」



「幼いころはおてんばだった君、怪我をしないか毎日気が気じゃなくて・・・」




溢れ出す愛が溢れた想い出話に


新婦も会場のゲストも涙を流しながら聞き入り


本当に温かい優しい空気が会場を包んでいました。



そして、こんなエピソードが。



「君は小学生のころ、学校でいじめに合っていました。


毎日泣きながら帰ってくる君。


学校に行きたくないと駄々をこねる


君を厳しくしかってしまったこともありました。



けれど、君が眠りについた後、


厳しくしかってしまったことを後悔しながら


君の寝顔を眺めながら


この子だけは何があっても守りぬかなくては


どんなことがあっても自分はこの子の味方でいようと


頬を撫でて語りかけていたものでした。」




このエピソードがお父様の口から語られた瞬間、


ご新婦は堰をきったように顔を覆って涙されました。




その理由はすぐにわかりました。





いよいよ、花嫁からのお手紙。


そのお手紙の中に


なんとこんなエピソードがありました。




「私が小学生の頃、学校でいじめに合っていました。


つらくてつらくて、学校に行きたくなくて


そうお父さんに伝えると厳しく怒られたこともありました。



でも、泣きながら私がお布団に入ってしばらくたつと


お父さんはそっと私の隣にやってきて、


私のほっぺたを何度も撫でてくれましたね。



その手があったかくて優しくてとても安心して、


明日も頑張ろうと思えました。



お父さんはきっと今日まで


私がすっかり寝ていると思っていたと思うけど、、


本当は私、毎晩、起きていたんですよ。



お父さん、あのときはありがとう」




そういって、にっこりとお父様のほうに笑いかけるご新婦。



今度はお父様が顔を覆って涙される番でした。




何十年ぶりに魔法が溶けたように明かされた


ある日の父と娘の素敵な記憶。




お父様からのお手紙と


ご新婦からのお手紙と


その両方のエピソードが重なった瞬間、


幼い新婦の頬を撫でて優しく語り掛けるお父様と、


寝たふりをしながらそんなお父様の気持ちを嬉しく感じている


父娘の姿が、その情景が鮮明に浮かんできて、、、


私は、、、、会場の隅のPA室の裏に隠れて、、、もちろん号泣です。。。




会場も


この素敵な偶然のキセキに感動に包まれ


父娘に贈る温かく優しい拍手がしばらく鳴り止みませんでした。




そこにいる人のすべての心がひとつになった瞬間。




~ One Heart Wedding  ~




まさに体感した瞬間でした。



http://ameblo.jp/a-ariga/entry-10817136682.html

きいちゃん

         「妹は私の誇りです」

       

       

            山元加津子(石川県立小松瀬領養護学校教諭)

        

       『致知』1997年11月号

        特集「一道を拓く」より

                ※肩書きは『致知』掲載当時

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きいちゃんという女の子は、手足が不自由でした。

そして、いつもうつむきがちの、どちらかというと

暗い感じのするお子さんでした。

そのきいちゃんが、ある日とてもうれしそうな顔で、

「山元先生」と言って職員室に飛び込んできてくれたのです。

「お姉さんが結婚するのよ、今度私、

 結婚式出るのよ。ねえ、結婚式ってどんななの、

 私どんな洋服着ようかな」

 

と、とてもうれしそうでした。

「そう、良かったね」

と、私もうれしくなりました。

ところが、それから一週間もしないころ、

今度はきいちゃんが教室で泣いている姿を見つけたのです。

「きいちゃんどうして泣いているの」

と聞くと、

「お母さんが、結婚式に出ないでって言うの。

 私のことが恥ずかしいのよ。

 お姉ちゃんばっかり可愛いんだわ。

 私なんか産まなきゃ良かったのに」

 

とそう言って泣いているのです。

きいちゃんのお母さんは、お姉さんのことばかり

可愛がるような方ではありません。

どちらかというと、かえってきいちゃんのことを

いつも可愛がっておられて、目の中に入れても

痛くないと思っておられるような方でした。

けれどもしかしたら、きいちゃんが結婚式に出ることで、

例えば障害のある子が生まれるんじゃないかと思われたり、

お姉さんが肩身の狭い思いをするんじゃないかと

いうようなことをお母さんが考えられたのかなと、

私は思ったりしていました。

きいちゃんに何と言ってあげていいかわかりませんでしたが、

ただ、結婚式のプレゼントを一緒に作ろうかと言ったのです。

お金がなかったので、安い晒(さら)しの

生地を買ってきて、きいちゃんと一緒に

それを夕日の色に染めたのです。

それでお姉さんに浴衣を縫ってあげようと提案しました。

でもきいちゃんは手が不自由なので、

きっとうまく縫えないだろうなと思っていました。

けれど一針でも二針でもいいし、

ミシンもあるし、私もお手伝いしてもいいからと

思っていました。

けれどきいちゃんは頑張りました。

最初は手に血豆をいっぱい作って、

血をたくさん流しながら練習しました。

一所懸命にほとんど一人で仕上げたのです。

とても素敵な浴衣になったので、お姉さんのところに

急いで送りました。

するうとお姉さんから電話がかかってきて、

きいちゃんだけでなく、私も結婚式に出てくださいと

言うのです。

お母さんの気持ちを考えてどうしようかと思いましたが、

お母さんに伺うと、

「それがあの子の気持ちですから出てやってください」

とおっしゃるので、出ることにしました。

お姉さんはとても綺麗で、幸せそうでした。

でも、きいちゃんの姿を見て、何かひそひそお話をする方が

おられるので、私は、きいちゃんはどう思っているだろう、

来ないほうが良かったんだろうかと思っていました。

そんなときにお色直しから扉を開けて出てこられたお姉さんは、

驚いたことに、きいちゃんが縫ったあの浴衣を着ていました。

一生に一度、あれも着たいこれも着たいと思う披露宴に、

きいちゃんの浴衣を着てくださったのです。

そして、お姉さんは旦那さんとなられる方とマイクの前に立たれ、

私ときいちゃんをそばに呼んで次のようなお話をされたのです。

「この浴衣は私の妹が縫ってくれました。

 私の妹は小さいときに高い熱が出て、手足が不自由です、

 でもこんなに素敵な浴衣を縫ってくれたんです。

 

 高校生でこんな素敵な浴衣が縫える人は、

 いったい何人いるでしょうか。

 

 妹は小さいときに病気になって、

 家族から離れて生活しなければなりませんでした。

 私のことを恨んでるんじゃないかと思ったこともありました。

 

 でもそうじゃなくて、私のためにこんなに

 素敵な浴衣を縫ってくれたんです。

 

 私はこれから妹のことを、

 大切に誇りに思って生きていこうと思います」

 

 

 

会場から大きな大きな拍手が沸きました。

きいちゃんもとてもうれしそうでした。

お姉さんは、それまで何もできない子という思いで

きいちゃんを見ていたそうです。

でもそうじゃないとわかったときに、

きいちゃんはきいちゃんとして生まれて、

きいちゃんとして生きてきた。

これからもきいちゃんとして生きていくのに、

もしここで隠すようなことがあったら、

きいちゃんの人生はどんなに淋しいものに

なるんだろう。

この子はこの子でいいんだ、それが素敵なんだということを

皆さんの前で話されたのです。

きいちゃんはそのことがあってから、

とても明るくなりました。

そして「私は和裁を習いたい」と言って、

和裁を一生の仕事に選んだのです。

生きている価値

「小児がん病棟での慰問演奏」

       

       

渕上貴美子(杉並学院中学高等学校合唱部指揮者)

        

       『致知』2009年3月号

        特集「賜生(しせい)」より

            



(20年間の合唱指導の中で、

 特に忘れられない出来事をお聞かせください」の質問に)

 7年前、小児科の末期がん患者の病棟に

 演奏をしに行った時のことです。

 学校のある卒業生の方から

 「病院にいる子供たちに、あなたたちの

 天使の歌声を聴かせてあげてもらえないか」

 とお話があり、私も「ぜひ」と言って

 受けさせていただいたんです。

 病院には全員ブレザーを着ていったのですが、

 黒っぽい服では威圧感があるからと、

 その場で上着を脱がされて、全身に消毒液をかけられました。

 寒い時期だったんですが、扉を開けると、

 物凄く暑くて、狭い部屋だったんです。

 

 目の前には、本当にこの子がもうがんなんだろうか、

 と思うような赤ちゃんから、

 放射線で髪の毛がぼさぼさになってしまっている子、

 頬全体が陥没して顔が半分ない子だとか、

 もうそれは、見ただけでも

 体に震えがくるようなひどい状態の子たちがたくさん……。

 その子たちの前で、私たちは部屋の隅っこのほうに

 へばり付くように立ちました。

 

 敷かれたホットカーペットの上には、

 お母さん方も座っていたり、

 廊下にはドクターや看護師さんの姿も見えました。

 

 私は壁の一番端に行って、指揮棒を振ったんですが、

 もう涙が止まらなくて、本当に……。

 私の目の前で、お母さんが乳飲み子をギューッと抱えながら、

 涙をポロポロ零すんですよね。

 

 あぁ、自分の子はこんなに

 大きくまで育つことができないんだ、とか、

 いろいろ思われたんじゃないかと思うんですが、

 看護師さんもドクターも皆泣いていらして、

 泣いていなかったのは、当のがんの子供たちだけで。

 私も我慢しなくちゃ、と思うんですが、

 もう悲しくて悲しくて、

 生徒たちも涙をポロポロ零しながら、

 でも必死に笑顔をつくって、一所懸命歌って。

 

 そしたら歌が終わった後に、

 髪の毛のない子や顔の陥没した子たちが

 「お姉ちゃんたち、どうして泣いてるの」

 

 って言うんです。看護師さんが

 

 「あなたたちがあんまり一所懸命聴いてくれるから、

  お姉ちゃんたち感動しちゃったのよ。楽しかった?」

  

 と尋ねました。するとその中の一人が

 

 「凄く楽しかったぁ。

  大きくなったらお姉ちゃんと一緒に歌いたい」

  

 って、もう私、本当に胸が張り裂けそうで…。

 

 

 その時に、心から、あぁ歌は素晴らしいと思いましたし、

 いま生きていて、自分のできることを一所懸命やることが、

 どんなに大切なことかを凄く強く感じました。

 その帰りの電車の中で、ある生徒が

 

 

 「先生、あんなに皆を悲しませちゃって、

  私たちが合唱をしに行ったことは

  本当によかったんだろうか?」

  

 と言ったんです。何しろあの場にいた大人たちが

 あまりにも涙を流していましたから。

 その時に私は

 

 

 「うん、よかったんだよ。

  たぶん、お母さんも、病院の先生も、看護師さんも、

  皆悲しくて、もう泣きたくて、泣きたくてね。

  

  でも、いま一所懸命生きている子たちの前で

  泣けないでしょ? 

  

  それを、あなたたちの歌で感動したふりをしてね、

  思いっきり泣くことができたからよかったのよ。

  

  明日からまた笑顔で頑張っていけると思う」

  

 と言ったんです。すると生徒が

 

 

 「そうか。じゃあ私たちの歌で少しは楽になったのかな?」

 

 

 と言うから

 

 

 「そうよ。そして歌を聴いていた子たちが

 『お姉ちゃんと一緒に歌いたい』と言った。

  生きよう、って。

 

  いや、生きるということは分からないかもしれないし、

  もしかしたら一か月後には命がない体かもしれないけれど、

  少しでも希望を持って生きようとしたということは、

  素晴らしいことだから」

  

 

 と話して、お互いに感動しながら

 学校に戻ったことがあるんです。

 私は、生きているということは、

 自分一人がここに存在して、

 ただ呼吸をしているのではなく、

 いろいろな人と出会って、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、

 苦しみを分かち合ったりして、

 相手の心や周りにいる人たちの心を、

 ちゃんと感じられることではないかと思うんです。

 私が慰問演奏に行った時に、

 「いまを大切に生きなければ」と強く思ったのは、

 幼くして亡くなってしまう子たちもいるんだから

 頑張って生きよう、という思いではなくて、

 あの時、あの部屋の中で、

 それぞれの人の心がうごめいていたんですね。

 無邪気に喜んでいる子供や、

 日頃泣けない家族の人たち……、

 そういう、たくさんの思いが

 満ち溢れている中に入ったから、

 あぁ、ちゃんと生きていかなくちゃ、

 神様から与えられたこの命を、

 大切にしなくちゃいけないと感じたのだと思うんです。

 谷川俊太郎さんの詩に

 

 

 「生きているということ

 

  いま生きているということ

 

  泣けるということ

 

  笑えるということ

 

  怒れるということ」

 

  

 という言葉がありますが、本当にそんな思いですね。

 

 そうやって、いろいろな人の思いを感じられることで、

 人間は生きている価値が生まれてくるものだと思います。

S君の生き方から教わったこと

   「S君の生き方から教わったこと」

       

       

                  木下晴弘(アビリティトレーニング社長)

        

       『致知』2011年3月号

        特集「運とツキの法則」より






私が学習塾講師になって間もない頃、

S君という中学三年生の生徒が入塾してきました。

無口で少し変わった子でした。



授業の時にノートを出さない。

数学の問題はテキストの余白で計算する。

だから計算ミスばかりしているのです。



たまりかねた私は、ある時、彼を呼び出して言いました。



「ノートはどうした」



しかし、S君は黙ったままうつむいています。

次の日は必ずノートを持ってくるように約束させましたが、

それでも彼はノートを持ってきませんでした。

私はカチンときて思わず怒鳴りつけました。



「反抗する気やな。よし分かった。先生がノートをやるわ」





私は五百枚ほどのコピー用紙の束を

机にボンと投げ出しました。

 

するとS君は「ありがとうございます」と御礼を言うのです。

 

 

夏になると、周囲の生徒から

S君に対する苦情が寄せられるようになりました。

彼がいつも着ているヨレヨレのTシャツと

ジーパンが臭うというのです。

 

この時も私は彼を呼んで毎日着替えるよう言いましたが、

それからも服装は相変わらずでした。


私は保護者面談の時、S君の母親に

このことを話しておかなくてはと思いました。

生活態度を改めるよう注意を促してほしいと訴え掛ける私に、

母親は呟くように話を始めました。





「あの子は小学校の頃から、この塾に通ってK学院に進学するのがずっと夢だったんです。でも先生、大変申し訳ないのですが、うちにはお金がありません……」






S君が早くに父親を亡くし、母親が女手一つで彼を育て上げてきたことを知ったのはこの時でした。

 

塾に通いたいというS君をなだめ続け、生活を切り詰めながらなんとか中学三年の中途で

入塾させることができたというのです。



私はしばらく頭を上げることができませんでした。

S君に申し訳なかったという悔恨の念がこみ上げてきました。

 

そして超難関のK学院合格に向けて一緒に頑張ることを自分に誓ったのです。





K学院を目指して早くから通塾していた生徒たちの中でS君の成績はビリに近い状態でしたが、この塾で勉強するのが夢だったというだけあって勉強ぶりには目を見張るものがありました。


一冊しかない参考書がボロボロになるまで勉強し、私もまた、他の生徒に気を使いながら、こっそり彼を呼んで夜遅くまで個別指導にあたりました。

 

すると約二か月で七百人中ベストテンに入るまでになったのです。

まさに信じがたい伸びでした。





S君はそれからも猛勉強を続け、最高水準の問題をこなせるようになりました。

 

 

K学院の入試も終わり、合格発表の日を迎えました。

私は居ても立ってもいられず発表時刻より早くK学院に行き、合格者名が張り出されるのを待ちました。

 

真っ先にS君の名前を見つけた時の喜び。

それはとても言葉で言い尽くせるものではありません。





「S君に早く祝福の言葉を掛けてあげたい」。

 

 

そう思った私は彼が来るのを待ちました。

しかし一時間、二時間たち、夕方になっても姿を見せません。

母親と一緒にやって来たのは夜七時を過ぎてからでした。

母親の仕事が終わるのをずっと待っていたようでした。



気がつくとS君と母親は掲示板の前で泣いていました。





「よかったな。これでおまえはK学院の生徒じゃないか」





我がことのように喜んで声を掛けた私に

彼は明るく言いました。





「先生。僕はK学院には行きません。公立のT高校で頑張ります」





私は一瞬「えっ」と思いました。

T高校も高レベルとはいえ、K学院を辞退することなど

過去にないことだったからです。



しかし、その疑問はすぐに氷解しました。

S君は最初から経済的にK学院に行けないと分かっていました。

それでも猛勉強をして、見事合格してみせたのです。

 

なんという健気な志だろう。

私はそれ以上何も言わず、S君の成長を祈っていくことにしました。





この日以来、S君と会うことはありませんでしたが、三年後、嬉しい出来事がありました。

 

東大・京大の合格者名が週刊誌に掲載され、その中にS君の名があったのです。

「S君、やったなぁ」。私は思わず心の中で叫んでいました。

福笑い