昭和12年生まれの母は激動の時代を生き抜いた恋多き女性でした・・
お寺の住職の3女として生まれ
生まれたときにお母さんが亡くなり・・
3歳でお父さんを亡くし・・
同じく3歳で養女として京都にやってきました・・
新しい両親は優しいけれど・・
ごく普通の価値観をもち・・
人の輪から外れたことはしないように・・・
と強く教えられたと言っていました・・
母は18歳で某デパートのエレベーターガールになり・・
ツイストのダンスクイーンになり・・
二十歳のころ知り合ったバイカーの父と恋におち・・
かけおち・・・
考えると当時の常識からはかけ離れた
人生感を持っていたのでしょうか・・
そんな母は人の輪をつくるのが上手な人でした・・
いつも彼女の周りに人が集まり・・
なぜか笑がいつもある場を作れる人でした・・
私が早くに結婚したり・・
好き勝手に自分の人生を生きてこれたのは
彼女の理解があったからだと心から思います・・
一度・・
私が二人目の子供を妊娠しているときに・・
街でバッタリ母に出会った事がありました・・
一緒にいた人は優しそうな、会った事ない男性でした・・
母は躊躇なく彼を紹介してくれ・・・
「大好きな人なんや・・・」と言っていたのを覚えています・・
母は40代の後半から祇園でクラブの経営をしていたので
お客さんとご飯を食べに行くのはごく普通だと思っていました・・
母の葬儀の時多くの参列者の中にその方がいらしたのを覚えています・・
彼は人目もはばからず泣きながらお焼香なさっていました・・
その方以外にも何人もの方が涙を流してお別れをしてくださっている姿をみて・・
きっと・・いろんな人の心に触れた人生だったんだなあ・・・って思いました
父とは生涯連れ添いましたが・・
お互いに自分の人生を生きながら連れ添った・・
そんな感じなのでしょうか・・・
そんな母に育てられた私は
小さい頃「人の輪から」外れたくない人生感がありました・・
母の時として危うい人生を
子供ながらにはらはらしてながめていたように思います・・
でもやはり・・
蛙の子は蛙なのかな(笑)
何時しか人とは違う価値観を求め・・
たくさんの恋もして・・
いろんな人の輪の中にいる自分がいました・・
今は幸せな家庭を持ち・・
子供たちを育て・・
愛する人と共有できる人生感があり・・
新しいことにも挑戦している自分・・・
さて・・
子供たちはそんな私をどう思っているのでしょうか?
彼らの人生も振り返ったときに悔いのない・・
やりたいことを全部やった人生になるように願うばかりです・・
なんとなく母を思っていた朝でした・・・

