レトロゲームの名作「ファミコン探偵倶楽部・消えた後継者」(昭和63年制作、総監督:横井軍平、脚本:坂本賀夫)について書いていきます。今回が8回目のエントリーになります。仕事の方が多忙な為、更新は途切れ途切れになってしまいますが、可能な限り書いていきます。この作品は最後まで書いて参りたい🙏 今回もファミ女子部の藤井姉妹、ともしびさん、ほうすけさんから動画をお借りする形で話を進めてまいります。一刀両断型のお姉さんキャラの方がともしびさん、おっとりされているの妹型の方がほうすけさんです(^^)

日本有数の財閥・綾城商事の会長・綾城キクの逝去。その突然の死に不信を抱いた執事・田辺善蔵さんの依頼を受けた少年探偵水木しげるは、死の真相を探るべく調査を再開。キクさんの突然の死は自然死か他殺か、その判断がつきかねる中号砲が鳴り始めたのがキクさん不在に伴う綾城商事内の権力闘争である。キクさんの不在に伴い、それまで頭を抑えられていた同社社長・綾城完治は一旦は念願だった実権掌握に成功するものの、その天下は文字通り「3日天下」。その栄華を嘲笑うかのように、綾城邸に隣接する土蔵の中で何者かに殺害されてしまう。

利害や人間関係が複雑に絡み合う綾城家の権力構造は、絶対的権力を掌握していたキクさんという「大きな重し」言わば、巨人が矛盾を抑え込む構図が崩れ去ったことで親族間の群雄割拠が顕在化。キクさん不在の間隙を縫うかのように着々と権力基盤を固めていく兄・完治に対し、力の均衡が崩れ次第に追い込まれていくのが実弟の二郎である。社内の権力構造が完治優位で進んで行くかに見えたその矢先、当の完治が無惨にも殺害されてしまう。幹事殺害の真犯人が誰かを抜きに、この間の矢継ぎ早の出来事で最も利益を得たのが二郎であることは間違いない…。





【再び熊田医院へ】


















しげるは神楽寺を後にし、その足で熊田医院へと向かった。熊田先生には聞きたい話が幾つかある為だ。道中、しげるは訪問時にイヤによそよそしかった玄信さんの様子を訝しく感じていた。玄信さんは一見気難しく見えるが、頑固ではあっても頑迷な性格ではない。それが証拠に玄信さんは自分の孫ほど年齢差があるしげるの問いを決してはぐらかしたことはない。

狭い村内にあってお寺と病院は🏥正反対の距離にある。住宅地、明神駅を早足で超えると熊田医院が眼前に迫ってきた。しげるが病院を再訪すると、院長室には熊田先生の姿があった。熊田先生はつい今し方、完治の検視を終え引き上げてきたところだった。しげるの関心事はその検視についてで、開口一番その話題に触れたが、先生は違和感は感じなかったが、遺体には抵抗の跡が全く見られなかったと言い、手配されたアキラが真犯人なら警戒を緩めるはずだと続ける。ただ、死因については司法解剖の結果が出るまでは確かなことは言えないと返す。

しげるのもう一つの関心事が、タバコ入れである。亡くなったキクさんが愛用していたタバコ入れ、そのタバコ入れがキクさん急死を境に消失をしている。その疑問を解く鍵として、キクさんはいつまでタバコを嗜んでいたのかが浮かんでくるが、先生は、キクさんは言いつけを守り禁煙を🚭継続をしていたという。しげるは在りし日のキクさんの姿を知る立場にはないが、そうだとすると畳の上のあの不自然な焦げ跡、消失したタバコ入れ、そして何かに恐怖を感じたかのようなあかねさんの不自然な態度、それらが説明がつかないのである。

しげるは、院内にレントゲン🩻の機器が備え付けられていることから頭部の検査を申し出るが、先生からはそれ程の怪我ではないと返される。レントゲン写真は、骸骨の写真部分にカーソルを動かすと先生が反応する。日本語というのは融通無碍で、「とる」というニュアンスは「撮る」にも解釈できる。






【警視庁官房付きが語る謎めいた美女は何者か?!】











もう一度、海上の崖を訪れてみれば、失われた記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。そう考えたしげるは、再びその足を絶壁の崖へと伸ばしていた。一歩間違えばしげるの命を奪っていた因縁の地。だが、しげるはここを訪れたことさえ思い出せない。しげるが今陥っている記憶喪失は、「解離性健忘」と言われる記憶障害だと思われる。この点は私自身、医学の知識が十分ではないため踏み込んだことは言えないが、同障害は、激しい暴力(その場合、暴行罪ではなく傷害罪が適用される程の暴力)、殺人、生命の著しい危険、性的暴行等、恐怖を著しく感じた時に生じる障害とのこと。

その意味では私などが感じるのは、しげるの記憶回復を妨げているのは、転落に伴うある種の“恐怖”であるように思えてならない。しげるが転落した場所が、致命傷を回避できる叢だった為、件の転落は不慮の事故だと思われるものの、しげるが仮に潜在意識の中で、見えない恐怖と戦い続けているとすれば、あの件は事故ではなく或いは…

崖の上から海面までの高さは25m,これはプールサイドと全く同じ。海面に落下すれば高所恐怖症ではないしげるも、思わず足がすくみそうな高さである。しげるは崖の先端から海面を覗き込むと、背後から突然声をかけられる。






「おい,危ねぇぞ!」






背後から声を掛けられたことにしげるは少し驚いたが、しげるに声を掛けた年長の男性は、自分は兵吉という大里市の住人で、この場所は自殺の名所としてその界隈では有名なスポット。しげるも自殺志願者の1人ではないかと直感した為、気になって声をかけたのだと言う。ちなみに「兵吉」と言う名前は、タータターターターで警察庁次長、次男ナルミーの不祥事で“警察庁官房付き”に降格となったあの名優さんの本名です(武藤兵吉)。実際、生前に親しかった大橋巨泉さんなどは、石坂さんのことを兵ちゃんと呼ぶ。ちなみに石坂さん、同作の総監督である横井軍平さんなどは、大東亜戦争開戦の昭和16年の生まれである為、当時の国家総動員体制を反映するかのような時代の空気が下の名前に反映されている。

その兵ちゃん(笑)は中々気さくな性格のようで、地元の人間でもこの崖を頻繁に訪れるのは自分ぐらいのものだと話す。下の浜辺を訪れる人間も同様で、しげるが急死に一生を得たのは文字通り奇跡のような出来事だったと言える。もしあの時、転落したのが海だったとしたら?! 仮にあの時、天地さんがあの場所を通りかからなかったら?! 考えただけでも恐ろしくなる😱

兵吉さんによると、この崖を時々訪れる若い女性がいるという。兵吉さんは、上品な趣きから名家出身の女性ではないかと続ける。年齢やこれまで伝え聞いた情報から、綾城家に関係のある女性とは思えないが、自殺願望を持つ人以外は忌避をするであろう、この崖を訪れることの意味は何であろうか!?

日没が近づいてきたため、しげるは現場を後にしたが、兵吉さんとは恐らくまた会う機会があるだろう。そして気になるのは兵吉さんが話していた謎めいた女性の存在だ。








しげるが海上の崖を後にし事務所に引き上げると、時を同じくして相棒の“ツンデレ姫”も舞い戻っていた。しげると別行動で綾城商事を調査していたあゆみちゃんの報告によると、完治殺害の衝撃が覚めやらぬこの段階で、二郎は会社の新人事に着手し始めた模様だ。絶対的権力者だったキクさん、そして、愛憎愛半ばする関係だったであろう実兄の完治。この2人の狭間で、二郎はこれまで日陰の存在であることを強いられてきたわけだが、その二郎が巨星2つの相次ぐ没落により一挙に頂点に躍り出たことになる。肩書は依然として専務のままだが、役員会、株主総会を経る形で社長に就任するのは時間の問題であろう。確実に言えることは、キクさん、完治の不在により最も利益を得た関係者は二郎であるということである。こうした殺人事件が起こった際、真っ先に疑うべきは誰が一番利益を得たかである。

社長(笑)と言えば今や城塞会の走狗と化したこの人↓ もそう言えば社長ですが…












しげるは、けたたましく動いたこの1日の流れを整理してみた。今日1日の衝撃は、言うまでもなく自身の栄華が僅か3日天下に終わった完治の殺傷に集約されよう。完治殺傷について、現時点で“下手人”と目されているのが長男のアキラである。かねてから絶えなかった父子間の諍い、完治に目立った抵抗の跡が見られないこと、疑惑を持たれたアキラが金銭面で問題を抱えていたこと、殺害現場である土蔵から複数の骨董品が紛失していること、何れも状況証拠だがアキラに疑惑の目が注がれるには十分である。これらが警察の見立てであり、既にアキラは重要参考人として手配がなされている、だが…











しげるは警察が本ボシだと見ている「アキラ犯行説」に乗れないでいた。まず、完治の死はキクさんとは異なり、「他殺」であることに疑いはない。胸部に突き立っていた刃物が🔪他殺であることを物語ってはいる。だが、問題はこの突き立った刃物なのだ。一見「動かぬ証拠」に見える件の刃物。その凶器に用いた刃物の存在に、しげるは違和感を感じてならないのである。ここでいう>「違和感」とは出血の量の少なさだ。刃物による殺傷が致命傷だとすると、現場はより大きな流血を伴う、だが完治の出血は🩸僅かで、現場には争った跡が全く見られない。

その死が不可解なことでは病死だと見られるキクさんも同様である。そしてそれは傍目には刺殺と見られる完治の死にも同じことが言える。これらは何を意味するのだろうか?!

腑に落ちないことの一つが完治の不可解な「刺殺」。違和感の2つ目が、何故完治が土蔵に足を運んでいたか、だ?! その疑問は完治を呼びつけた何者かが真犯人ということになるが…

3つ目がキクさんの死と時を同じくして紛失したタバコ入れである。茜さんの話によると、土蔵の鍵はタバコ入れに保管されていたとのことである。土蔵の鍵それ自体はアキラが持ち去ったものであろう、だが金銭以外には目もくれないアキラがタバコ入れなどに関心を示すだろうか?! しげるは土蔵の鍵を持ち去った者と、タバコ入れを消失させた人物は別人との見方をしている。件のタバコ入れについて、警察は全くノーマークだが、しげるにはこのタバコ入れこそが事件の核心であると思えてならなかった。

4つ目の疑問は、あずさが話していたアキラが遺言状作成の夜、アキラが密談をしていたという“ある人物”についてだ。

しげるは、その“ある人物”が二郎ではないかと察したが、現段階で断定は危険だ。あゆみちゃんは、アキラと密談を交わしていたある人物と持ち去られた骨董品の足取りを追うと応じる。あゆみちゃんの調査が綾城商事からアキラの足取りへと移った為、翌日からの綾城商事の調査はしげるが引き継ぐことになる。












殺害現場に立ち会ったことなど、この1日の激動からしげるにも疲労が蓄積していた。床に着こうとしていた時、あゆみちゃんが妙なことを口にする。それは、しげるが半袖の衣服を着用している姿を見たのは最近までなかったと言うこと。これは普通にプレーをしていれば聞き逃す一幕で、ファミ女子部のお二人も、えっそれ何か重要なこと、と特に気に留めておられないが、重要なことです。

しげるが半袖の衣服を着用しなかった、いや出来なかったことには特別の事情があるのである。その理由が何なのかについては、物語の終幕で明らかになるが、冒頭に登場したしげるが大切にしている日本人形もこれと同じ意味を持ちます。同作の会話の一言一言は「政治家の発言」と全く同じです。実は無駄なことは全く言っていない。傍目には聞き逃してしまう雑談にこそ、失われた記憶を取り戻すためのヒントが隠されているのです。

そして、しげるくんとあゆみちゃんの関係ですが、まだ“少しだけ離れて歩いている関係”です😅 こちらの↓「願い」という曲を一度聴いてみてください🙏 旧dreamさんの「願い」という曲は史上最高の恋愛ソングだと思います(^^)













【綾城商事へ! 二郎が築いた砂上の楼閣】


















翌る日、夜が明けるとしげるは一路、綾城商事を目指していた。日本有数の財閥の中核を成す綾城商事、そのスケールに反しロビーは至って簡素だった。同作の建物は事務所や天地さんのマンションがそうであるように、会社のロビーも青と白🟦🤍、サッカーの日本代表と同様のカラーを基調としている。同社は主人不在の余波など感じさせないように社員やクライアント、利害関係者が通り過ぎていく。これは公明・学会やトルクメン🇹🇲と同様で、絶対的な指導者が不在となっても、組織が大きすぎるが故に混乱が起きない、いや起こさせない力学が反対に働く。綾城家も同様なのだろう。

しげるは無論、社に伝手などないが、社員の一人を早速捕まえることが出来た。社員の一人はしげるの問いに快く応じてくれた。社員の一人は亡くなったキクさんの存在は絶対的で、自身も強く敬慕をしていたこと、今の同社は二郎と顧問弁護士である神田を加えた集団指導体制にあると話す。しげるはまだ神田には一度も会ったことはないが、神田という男は方々で耳にしたように相当な豪腕であるようだ。

しげるはまた、二郎個人についても質問をぶつけてみたが、社員は二郎は「冷静沈着」を絵に描いたような人物で、先の完治殺傷事件の際も狼狽した様子はほとんど見られなかったと言う。だが、しげるが見た完治殺傷の際の二郎の態度は神経質そのもので、冷静沈着とは程遠い正確に思える。人間には二面性があり、公の場であるほど牙を隠そうとするものだが、二郎はその両極端が同居するのだろうか?!

しげるの質問に最初は快く応じてくれた件の社員だが、質問が完治と二郎の「暗闘」に及ぶと、途端に表情を強張らせ、足早にその場を後にしてしまう。

件の社員は視界から姿を消したものの、社を取り巻く様々な噂は利害関係者の耳に入っている。亡くなった完治と二郎の激しい暗闘はクライアントにとっても関心事で、しげるが聞き耳を立てた顧客の数人もその噂を話題にしている。顧客の1人は、完治肝煎りのプロジェクトが仮に日の目を見ていれば、二郎は早晩失脚を余儀なくされていたと話し、手を下した真犯人に一番感謝をしているのは、存外二郎本人ではと続ける。完治肝煎りの計画を巡っては、そう言えば天地さんも話していたが、両者の対立は暗闘などと言う生易しいものではなく、二郎の立場は世間が考えていた以上に追い込まれていた模様である。完治殺傷を巡っては、二郎にはやはり十分な動機がある‼️

周囲の視線を感じたクライアントは、それ以降社の内情を話題にはしなくなった。そうした中、先の社員が顧客との商談を終え引き揚げてくる。しげるは再び社員を捕まえたが、先刻とは一転し非協力的になっている。しげるの質問の一つ一つにも露骨に嫌な顔をする。社員は二郎に提出する重要書類があると言い、足早にその場を後にする。そうした中、二郎が社に姿を現す。












社に姿を現した二郎の態度は殺人事件の時と全く同じ、神経質を絵に描いたような態度だった。言い方を変えれば、こう言う人には遠慮なく質問をぶつけることができる。しげるは、通常なら憚る問いを幾つかぶつけた。その中でもイヤらしく疑問をぶつけたのは次の2点だ。二郎が、亡くなった完治と激しい暗闘を繰り広げていたこと。次に、行方をくらませているアキラは、遺言状作成の日、何者かと密談を交わしているが、その密談相手は二郎ではないかと言う疑問だ。

二郎は殺害された完治との暗闘については、隠そうともせず、開き直りとも殺傷を歓迎したと受け取れるような受け答えをする。完治殺傷により利益を得たのは紛れもなく二郎である。それを隠そうともしないのは、事件とは全く関わりがないからなのか、それとも…

もう一つ、二郎はアキラとの密談については明確に否定し、ああいう社会の不適合者とは関わりを持つことさえ穢らわしいと言う素振りを見せる。そして二郎は、アキラとの密談疑惑をぶつけてきたしげるの意図を見透かしたように、自分とアキラが共謀し完治を殺傷した、それが君の見立てなんだろうと反対に挑発的に返してくる。二郎はさらに、





「もう会うこともないだろう。どうしても又会いたいと言うなら、証拠でもなんでも持って来ればいいさ。最も、あればの話だがね」





こう捨て台詞を吐き、その場を後にした。そして二郎が口にした「もう会うこともないだろう」旨の捨て台詞は程なくして現実のものとなる…。





【再び明神村へ-村人たちが口にするキクさんの復讐と歴史を動かしてきた「怨霊」】











綾城商事を後にしたしげるは再び明神駅に降り立っていた。しげるが駅の改札口を潜ると、駅に屯している村人たちが騒然としている。完治殺害の報せを耳にした村人たちは、亡くなったキクさんが蘇り復讐を果たしたと信じて疑わない。村人の中にはキクさんの姿を目撃したと言うものさえいる。SNSの世界で宿痾として付きまとうのは、






「もうおわかりですね(笑)」












で知られる「陰謀論」である。その一方、前近代的な社会における宿痾は「迷信」である。陰謀論は「こうあって欲しい」と言う願望論が背景としてある。迷信や因習は共同体の同調圧力が背景としてある。

一方、同作をプレイしているともしびさん(広島天政会会長😅)は、村人が目撃したとされる女性は、これまで音信不通だったユリさんではないかと言う。確かに母子であれば両者が似ていても不思議ではないが…?!

そうした中、聞き役に徹していた駅員さんが、つい今し方綾城家に足を伸ばした貴婦人を見かけたと話す。話の文脈から察するにあずさではない(笑)。あれは貴婦人というには程遠い、困ったヒステリーおばさんでしかない😩









ところで、同作を語る上で切っても切り離すことができない「祟り」、つまりは「怨霊」、霊魂による晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す復讐劇。これ、意識をすることは少ないですが日本の歴史を語る上で決して無視できないファクターなのです。









私はよく、日本史を語る上で「歴史の3要件」があると言っているんです。一つは「神輿」です。つまり決定的な権力者は生まれにくく、政治的な実権はその側近が握っている事例が多い。日本では何より行政は「継続性」が重視されるからです。これは決して否定的な文化ではなく、神輿という文化は「個人を過度に拘束しない主従関係」を意味し、この個人を過度に拘束しない主従関係こそ日本だけがアジアで唯一、近代化に成功した理由なのです。そうであるからこそ昭和天皇は「天皇機関説」を一貫して支持をされていたし、維新の際の“そうせいのお殿様”は神輿であることを誇りにさえされていた。










もう一つが「穢れ」になる。穢れは無論、血の穢れのことを指し、その結果生まれたのが「武士」という武装集団だったことは多くをいう必要はないだろう。つまりは社会の偽善が生み出した反動としての暴力集団です。後年になれば日本人のモラルの規範にさえなっていった武士は、その起こりは無軌道を絵に描いたようなただの武装集団で、理解としては仁義なき戦いの千葉真一さんに近い。私は幼少期から暴力的な作品が好きな性格なのだが、本質をついているのは全て暴力から入った作品。漫画では青池保子先生の「アルカサル」「エル・アルコン」、時代劇では「必殺!」、劇場作品では「仁義なき戦い」、アニメでは「獣神ライガー」が好きでした。









変な話「道徳の規範」とされるものはすべからく暴力が出発点であり、当初の暴力性が排除されることで規範となる。それは過激派のズルさということもできるが、逆説的ながら真に優れた作品は「暴力の肯定的否定」と断言して差し支えがない。その「出発点が暴力」「暴力の肯定的否定」という意味では神の教え、つまりはユダヤ教、キリスト教こそがその先駆けと言えるのかもしれません。というのは「旧約聖書」の「ヨシュア記」の1節には、ヨシュアがジェリコ近郊のアイという街の住民を女性や子供を問わず皆殺しにしたという記述がある。聖職者の中にはヨシュア記に言及することを忌避する人も少なくないが、こうした態度は偽善でしかない。

3つ目が「検察捜査」である。その意味するところは、検察捜査でいうところの「一罰百戒」である。つまり悪質性が際立つ1人の人物を罰することが類似する100の実例に対する戒めにもなるという考え方である。この考えを実践するために貫かれているのが、法務・検察は基本、勝てる喧嘩しかしません。実際、世間をあれだけ賑わせた清和会、二階派に対する一連の捜査は基本的に会計責任者に対する立件で決着をしている。

そしてその判断は妥当で、この捜査では「疑わしきは被告人の利益に」という原則が貫かれている。法務・検察の捜査を問題視する主たる理由に「有罪率99%」というものがあるが、私はこれがどう悪いのかさっぱりわからない。正確には法務・検察が公判請求をするケースは全体の精々35%、従って「35%ライン」と評することが理解として正しい。確実に勝利が見込まれる35%の中の99%が有罪になっている。それによって、むしろ防がれている冤罪の方が多い。そうではなく、法務・検察は公判請求が困難だとわかるや、リーク攻勢で印象操作に出る。これが問題なんです。














そして権力闘争における検察捜査の原則とは、「傍流は殺さない」ということ。実際、天智天皇は蘇我氏の傍流までは手にかけなかったし、戊辰戦争においては庄内藩は実質お咎めなしで処分が終わっている。直近の例で言えば、その典型例が石破さんですね😩 安倍政権が何故あれ程長期化したかというと、決して不必要に敵を作ってはいないこと。その中で「時代のけじめ」を求められたのが石破さんになる。しかしこれも、官邸側が石破さんを切ったのではなく、イージス艦あたごの件で部下を守らなかった経緯があるのだろう、石破さん自らがこの申し出を拒否したことで自滅を招いた…😩 総理自らの申し出を拒否したわけですから、石破さんに対しては党内で同情の声は全く上がらなかった…。




【「祟り」-晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す怨霊の復讐と早良親王のご無念】











そして、↑前述した3要件に準ずるのが「祟り」、つまりは怨霊になる。そしてその怨霊が歴史を動かしたのが早良親王になろう。

件の早良親王のお話をする前に、「長岡京」という言葉を耳にされたことがあるだろうか?! 中学や高校の日本史で耳にされた方がおられるかもしれませんが、殆どの方は聞き逃していると思います。ですが、この長岡京こそが日本史を語る上で無視できない大事件なのです。

8世紀末、当時都だった奈良の平城京から、現在の京都市にあたる「平安京」に都が移されたことは歴史に造詣が深くない方でもご存知のことだろう。794年(延暦3年)、世に言う泣くよ鶯・平安京ですね。しかし、最初に遷都が企図された地は平安京ではなく、そこから桂川を渡って少し離れた場所にある長岡京と言う都になる。順当にいけば京都と呼ばれる地は長岡京で推移していたのです。だが、その長岡京という都は遷都から僅か10年で歴史の彼方に消え去ることになる。












では8世紀末になり、隆盛を誇った平城京を放棄し、長岡京への遷都が敢行されたその理由が何なのかと言うと、理由は大きく2つある。一つはあの「道鏡事件」の結果、天武天皇に連なる皇統が(重祚し)称徳天皇を最後に途絶え、天智天皇系(聡明叡智は天也の意。日本のサアカシュヴィリ)の光仁天皇に戻ったことが挙げられよう。従って天武系から天智系の政権であることを遷都によって誇示することが1点。

2点目に、新政権にとって障害となりうる奈良の仏教勢力の排除が挙げられよう。現在でもそうだが、奈良はとかく仏閣が多い。代表的なものだけでも元興寺、興福寺、東大寺などが頭に浮かぶ。そして道鏡事件に直結するのもこうした仏教勢力の影響力で、孝謙・称徳天皇の実父で東大寺を建立した聖武天皇は御歴代の中でただ1人在位中に出家をされており(この事態に慌てた側近たちが形式的に「譲位」と言う形を取った)。聖武帝は自らを三宝の僕と公言し憚らず、こうした過剰なまでの仏教への帰依が道鏡事件の温床ともなっている。











そして件の長岡京への遷都は、光仁天皇が子の桓武天皇に譲位し桓武帝が支配体制を固める中敢行された。その際、皇太弟として傍に寄り添っていたのが弟君の早良親王になる。桓武帝と早良親王は共に高野新笠を実母とする同母兄弟になる。この時代、実母が異なれば「広義の意味での他人」だが、反対に同じであれば反対に連帯意識は強い。この兄弟も当初は仲が良く、皇太弟に立てられたのもそうした経緯からだ(立太子は桓武帝即位の翌日)。それがある時期から両者の間には溝が生まれ、対立は後戻りできない形へと発展していく。














そうした中、企図された長岡京への遷都。その都市計画の総責任者だった人物が藤原種継という男になる。この人↑のことじゃないですよ😅。この藤原種継という人物は姓名から察せられるように藤原家一門の有力者だが、藤原家の4家の中で「式家」に属する。ちなみに薬子の変で知られる藤原薬子は種継の娘にあたる。奈良時代隆盛を極めたのは南家になるが、これが仲麻呂の乱を契機に力を失う。式家がこの時代日の出の勢いを誇るのは天皇の外戚としての立ち位置に起因する。桓武帝が愛した妃、皇后の乙牟漏、皇妃の旅子は何れも式家の一門で種継はそうした文脈から権勢を誇る。遷都を巡っては朝廷内でも慎重論が強かったが、種継は一早く帝の考えを支持した為絶大な信頼を得ることになる。

その種継が完成途上にあった長岡京の造営検分の際、暗殺されてしまう。桓武帝が一時都を留守にした際の暗殺撃だった。程なくして下手人が挙げられるものの、良くなかったのがその過程で皇太弟の早良親王に謀叛の嫌疑がかかったことだ。親王は即座に太子としての地位を剥奪され乙訓寺に幽閉される。無論、親王が計画に関わっていた事実はなく。幽閉劇は絵に描いたような不当弾圧😩 謀反の嫌疑云々は前近代的社会における典型的な政敵排除で、同時代においても例外ではない。










しかも、早良親王の連座が不当弾圧と言った表現で言い表せないのは悲劇はそれだけに収まらなかったことである。無実を訴える親王は幽閉後10日に渡るハンガーストライキを刊行。親王はその後、淡路島に配流をされる途上、無念の死を遂げる。親王の無念を巡っては、ハンストではなく御自らの謀殺説を唱える学者も少なくなく、はっきりしているのはその死が誰の目にも不当に迫られた死だった事実である。

そして奇妙なことが起こるのはその後の出来事で、桓武帝肝煎りで建設が進んでいた長岡京には疫病が流行。日照りによる凶作の連続、不幸には至らなかったものの、親王粛清に伴い立太子を遂げた安殿親王は奇病に見舞われ、桓武帝が愛した乙牟漏、旅子の2人の妃がまるで何かに魅入られたかのように相次いで亡くなり、最愛の実母・高野新笠も同様にこの世を去る出来事が続いた。とても偶然とは片付けられない不幸が連続して起こる。人々は一様に、憤死を遂げた早良親王の祟りだと畏怖した。

何故人々は親王の怨霊だと恐れ慄いたのかというと、その死が誰の目にも無念の死であることが明白だったこと。無念の死を強いられた者、就中無実の罪を着せられた者の霊魂が化した存在が怨霊であり、その意味で怨霊は晴らせぬ恨みを晴らし許せぬ人でなしを消す闇の仕事人と言えるのである。先に私は暴力作品の代表作として必殺シリーズが好きだと申し上げたが、何故大好きなのかと言えば前近代においては「復讐」こそが、最後に残された人権だからです。いや、早良親王の祟りを仮にそうだと考えれば、親王の望みは復讐というよりも「再審請求」と考える方が正確なのかもしれません。

怨霊説を何よりも補強したのが、当の早良親王は呪いの言葉を残し憤死を遂げていることなのである。言葉は読んで字の如く言の葉と言い、言葉は言霊が宿る。偶然では片付けられない不幸の連続は、新たな解決策を模索させる。その解決策とは「新たな遷都」の決意である。白羽の矢が立ったのは長岡京から程近い平安京になる。新たな遷都を帝に進言したのは道鏡事件を阻止したあの和気清麻呂である。清麻呂はその意味で、道鏡事件に次いでまた大仕事をやってのけたことになる😲。その判断は無論正しく平安京はその後1100年に渡り都として栄華を誇ることになる。






私たちの仕事はね世直しのためなんかじゃないんですよ。晴らせぬ恨みを晴らして歩く、ただそれだけなんですよ