去る本年3月、中東のイスラエル🇮🇱で総選挙が行われた。正確にいうと総選挙が行われたのはこの2年間で何と4回目になる。選挙戦の争点は大きく2つ、一つは、この12年間同国を統治してきたベンジャミン・ネタニヤフ首相(愛称はBibi、以下Bibi)の続投、もう一つは、氏の安全保障政策の是非についてだ。そしてこの2つの争点は4回の選挙において完全に信任されている。

それが何れも安定政権に直結しないのは、イスラエルの選挙制度にやはり起因する。同国では日本とは異なり全国完全比例が採用されている為、どの党も過半数を単独で獲得することはできない。この30年の政治史で見た場合、最大議席を獲得したのはラビン時代、全盛期の労働党が92年に獲得した44議席になり、勝敗ラインとしては第1党の勢力が30議席を獲得し、「右派・宗教勢力」若しくは、その対抗軸としての「中道リベラル勢力」が過半数獲得に至ることだ。いや、ここも正確には右派・宗教勢力は過半数の議席を確保している。それが不安定化する要因は、“ある人物”の存在が不安定要因として立ちはだかっているからだ。












【選挙結果の総括と、各党の議席獲得数から見えてくるもの】













 具体的な政局論に入る前に同国について簡単な説明をしておきたい。イスラエル国🇮🇱(英称:State of Israel.ヘブライ語称:メディナーティー・イズラエル)、総面積は四国とほぼ同程度の2.2万㎢、総人口は920万人、内75%がユダヤ人、残りがイスラエル国籍を持つアラブ人と少数の民族が占める。政治体制は共和制で大統領(ナスィー、任期は7年)を国家元首とするものの、大統領職は「神輿」であり、「国がここまでなるのに血ぃ流しとる」のは首相(議院内閣制、これは日本や🇯🇵英国🇬🇧と同じ)である。選挙制度は全国完全比例(総議席は120議席、最低得票数は3.25%)が採用され安定政権が生まれにくい土壌があるものの、閣議決定は全会一致ではなく多数決で決定される。その為、首相権限自体はそれ程弱くはないと言える。閣議及び閣僚懇の議事録作成は安倍政権までなかったことは、以前のエントリーでも述べた。














まずは、各党の最終獲得議席数、こちらを踏まえていただければと思います。↑これらの数字を見て何が窺えるか?! 最初に目に入るのはBibi率いるリクード(Likud,1973年結党,「連帯」を意味する)は30議席を獲得しているものの単独少数に留まっていること。もう一つが、本来ならリクードと連携するはずの右派・宗教陣営にイスラエル・ベイテイヌ(世俗右派、党首はリーベルマン元外務大臣、獲得議席は7議席)とヤミーナ(急進右派、党首はナフタリー・ベネット元国防大臣、獲得議席は7議席)の両党が同陣営に含まれてはいないことだ。本来であれば右派・宗教勢力の総議席は66議席になる。驚くべきは、右派と見られるベイテイヌについて、はっきりと中道・リベラル陣営だと色分けされている。

前述した“ある人物の存在”が不安定要因となっていることの意味は、要はリーベルマン、ベネット両氏とのこの間の対立であり、これは完全比例という選挙制度が齎す宿痾であるわけだが、少数の政党が状況を逆手に取る、いわば“弱者の恫喝”が時代の節目で顔を出すのである…😩

同国における最大の焦点は外交・安全保障政策、それも(これは後述しますが)同国の成人男女には兵役の義務が課されるわけですから関心事であることは当然です。当然ながら、かつては激しく国論を2分したのが対アラブ・安全保障政策、対アラブ・パレスチナにおいて原則を保つか、それとも融和で臨むかという古典的な左右の争いは内外を問わず1番の関心時だったことは間違いありませんが、この構図は既に崩壊しています。ここも上記の画像を見ていただければわかるように、かつては対アラブ和平を推進してきた労働党が、今では7議席にまで落ち込んでいることが数字の上からもお分かりいただけると思います。つまり、もう右か左かと言う対立構図は決着がついている。









こうした意識の変化は、この20年の間に和平機運が消えたことは勿論、構図を決定的に変えたのは2018年の“若君の国”🇸🇦の、「方針転換」なろう。どう言うことか!?

同国🇸🇦の対以原則は、2002年に当時のアブドゥラー摂政が打ち出した「1967年のグリーンライン撤退が前提」、グリーンライン撤退に伴い両国🇮🇱🇸🇦は国交正常化、他のアラブ諸国にも正常化を呼びかけると言うもの、それが2018年になると高齢の父君に代わり同国を事実上牛耳るムハンマド皇太子(以下若君)が、イスラエルの入植地(Settlement)を事実上容認する意向を表明する。若君のこの非公式の考えは、誰の目にも政策転換が明らかな他、この点はサウジ側の「お家事情」からも抵抗はなかったのであろう。ここでいう>お家事情というのは、当時は摂政の立場だったアブドゥラー前国王と言うのはイブン・サウードの直系男子である一方、傍流のラフード家に属する身。主流であるスディリ家(父君のサルマーン王、ファハド元国王らが属する)とは対立関係にあると言うこと。
ここでいう、スディリ家、ラフード家と言うのは実母の家系のことで、前近代的な社会において意味を持つのは君主の血統、それも実母の身分であり、かつての頼朝と義経が兄弟でありながら断絶状態にあったのも、この実母の身分に起因する。頼朝の実母は由良御前、義経は常盤御前になります。常識でございますが。。









サウジ、イスラエル両国の接近は正確には2018年よりずっと前、2015年に当時のオバーマ政権がイランの🇮🇷核を事実上容認したことに起因し、ここに“広義の意味でのアラブ(笑)”を共通の脅威とする「敵の敵は味方理論」が適用されることになる。こうした安全保障上のリアリズムが、事実上労働党にトドメを刺した

同時に、実母が違えば先代の王は所詮は“カカロット(下等生物)”、“下等生物“の政策になど今更拘束される必要などない・・・😲



一方、今選挙で17議席を獲得し第一党に立ったのがイェシュ・アティッド(未来があるの意、党首はヤイアー・ラピード氏)と言う政党になるが、同党は超世俗政党、そう言えば同氏の実父であるトミー・ラピード氏も、かつて「シヌイ」と言う世俗政党を率いていたことを思い出す。ここからもわかるように、同国においては、古典的な左右の争いに加え、宗教かそれとも世俗かというもう一つの古くて新しい対立構図がある。

ここでいう>古くて新しい対立構図の意味は、ユダヤ教の超正統派が享受する、ある種の「特権」に対する批判で、代表例を挙げれば同国の成人に課せられている兵役の義務(同国の成人年齢は18歳、男子には3年間の、女子には1年9ヶ月の義務がある)を果たしていないことに対する批判だ。その批判の急先鋒こそがイェシュ・アティッドとベイテイヌであり、一般的にベイテイヌは極右、急進右派とみなされがちだが、これは全く事実ではない。リーベルマン氏自身、安全保障政策は麻生副総理のような実利派であり、本来ら氏に定まった定見などない。

4月6日、同国のレウヴェン・リヴリン大統領は、Bibi・ネタニヤフに組閣要請(同国では選挙後、原則として第1党の党首に組閣要請を行いう。組閣への最長期限は42日)を下したものの、Bibi推挙は52人、ラピード氏への推挙は45人で、重要なことはベイテイヌがラピード氏をはっきりと推挙している事実だ。関係修復は最早容易ではなく、下手をするときまた再選挙になる可能性がある…😩






【“前川化”するリーベルマン氏と、両者の対立がもたらす政局の流動化】











その、政局の不安定要因となっているのがリーベルマン氏その人であることは十分お分かりいただけたと思う。そのリーベルマン氏とBibiとの対立は、どんなに遅くとも2015年の段階で鮮明になっている。2015年の総選挙で3選を果たしながら、その際、ベイテイヌは連立政権への参画を拒否している。リーベルマン氏は障害となっていた汚職事件で無罪を獲得に、無事外務大臣に復職を果たしている。それが2015年を境に決定的に対立を深めるのは大きく2つの要因があるように思う。どういうことか!?

まず、その内の一つの要因は2013年の総選挙前に両者が交わした「首相・輪番の覚え書き」だ。これは2013年の総選挙をリクードとベイテイヌの統一名簿で戦い(その際の獲得議席は31議席、内20がリクード、11がベイテイヌ)、2016年の段階で首相職をリーベルマン氏に「禅譲」し、Bibiが筆頭副首相兼外務大臣に入れ替わると言うもの。ベイテイヌ独力では決して政権を獲得できない為、この話はリーベルマン氏にとって悪くない話だったが、この手の覚え書きが履行されることなど殆どなく、





「そがな昔のこと、覚えとるかい❗️」








になることが歴史の常。2016年を待たずして議会は解散、約束も半ば後破産になった。リーベルマン氏からすれば、「行政が歪められた」、そう考えるのもわからない話ではない。


そしてもう一つ、リーベルマン氏が「行政が歪められた」、俺が何をしたってんだ、俺のやってることは「立派な貧困調査」だぞ(笑)、そう思う理由が挙げられる。リーベルマン氏は2012年、法廷闘争に臨むにあたり外務大臣を一旦辞職しているわけだが、無罪を勝ち取るまでの間、誰が外務大臣を代行していたか、即答できる方、どれだけいますかね?! 答えはBibi・ネタニヤフその人で、復職までの1年の間、この間に影響力を徹底的に排除されてしまうのである。Bibiの外務大臣就任は2012年が2度目の登板であり、影響力を当然残している。そうなるとどうなるだろう、仮に復職が叶ったとして帰って来てみると、







「窓際大臣の靴が泣く❗️」






こうなりはしないだろうか?! 要は面子を丸潰れにされたこと、これがリーベルマン氏は気に食わないのですよ😩






【イスラエル外交🇮🇱の、“行政を歪めた”影のキーパースン】
















ここで上記の動画を見ていただきたい。上記の動画に登場するCanCamのモデルのような女性と、下記の動画でエネルギッシュに話す水野晴郎さんのような男性、これ、どういう方だか、お分かりになりますか?!










一般には知られてはいないがこの2人の人物こそ、Bibiが最も信頼している側近中の側近、うち1人は、美人度が120パーセントupしたツィッピー・ホトヴェリー氏。ジャーナリストを経て2009年に政界入り、現在は英国大使を務める党内右派のホープ。1978年生まれだから浜崎あゆみさんや二階伸康氏などと同世代になる。

ダイレクトな継承はないだろうが、Bibiは恐らく後継候補として考えている。ここでいう「後継候補」の意味は、リーベルマン氏が入閣を拒否した2015年以来、氏は外務副大臣を務め、2020年まで5年間その職を務めていること。Bibi自身が本省に登省することなど殆どない為、実質的な大臣は同氏がこの間務めている。我が国で同じような立場にいたのが稲田朋美氏になるが、氏は就任から1年も経たない内に防衛大臣の地位を追われ(日報についてはまず間違いなくリークである為、これには同情半分だが、選挙演説については言い訳が効かない。更迭はやむを得ない)後継レースから早々と脱落した。その意味では、更に上を目指すとなるとBibiの庇護を離れた時の試練にどう耐えられるか、ここが政治家としての正念場になろう。















そしてもうお一方、イスラエル外交を影で支えたキーパースンがいる。水野晴郎さんに似た精悍な男性、この方はドーア・ゴールドと言うかつての連合国大使(所謂・国連)で、一般には知られてはいないが、この人物こそ、真の意味での“暗黒卿”(笑)と言うべき、知る人ぞ知るイスラエルの豪腕外交官。96年に発足したネタニヤフ政権1期目では外交顧問、自身にとって試練となった年、97年には連合国大使に抜擢されている。これはゴールド氏自身、出身が米国の🇺🇸コネティカット(カーペンターズの出身地でもある)である為、当然米国に知己が多い。

氏に対する信頼ぶりを窺わせる出来事として、ゴールド氏は2009年にリクードが政権を奪還した際、議員ではないにも関わらず事実上のリクードのスポークスマン役を務めていること。これはBBCなどの国際報道をご覧になった方は、ハッと思われると思います。重要なのは、議員の職でないからこそ、立ち回りは見えづらく、より巧妙なのです。そのゴールド氏は、やはり2015年に外務省の「事務総長」と言う肩書きで外交実務を取り仕切っている。ゴールド氏は1年でその職から退いているが、在任期間など対した問題ではない、あの二階氏にしても1年に満たない政務次官の立場で旧運輸省を完全に掌握した経緯がある。

当然、先に指摘した“若君の国🇸🇦”との関係改善、これを端緒とした2020年の「トランプ和平案」はネタニヤフ・ホトヴェリー・ゴールドの各氏が主導したことは疑うべくもない。外務大臣を兼任することは上と下が一体であること、一体であるからこそ矢継ぎ早に外交攻勢を打ち出せるのである。

ちなみに、Bibiとリーベルマン氏は2016年に一旦は関係修復が図られ、ベイテイヌの連立復帰が実現している。だが、その際の交渉は一筋縄ではいかず、リーベルマン氏は提示された外務大臣復職を頑強に拒否し、ここではBibiが最終的に折れ、国防大臣の椅子を用意する事でまとまった。重要なのはリーベルマン氏が外務大臣の復職を激しく拒んでいることで、外務省はこの間、Bibiが2度大臣を兼任したことで「天領化」が鮮明になっている。復職せたところで、手柄は全てあの3人に持って行かれる。その意味では「神輿」と言うのは、大臣の地位にあるものでも決して例外ではない。「嫉妬」「諍い」「面子」、古今東西、人間関係を決定づけるのはこうした目に見えることのない負の感情だ。政局も無論、こうした文脈から動く。



イスラエル政局については次とその次のエントリーでも詳しく記して参ります。次のエントリーではBibi・ネタニヤフと安倍前総理の関係を通じて見えてくるもの、そして97年に締結された「ヘブロン合意」について説明して参ります、この一時は国論を2分したヘブロン合意、これこそが今日のイスラエル外交優位を決定的にさせているのです。





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