10月4日
さて、先週にひきつづき黄昏旅です。
今日も芽室方面へ。
まずは、何度も通っている、旧・芽室町立北伏古小学校へ。
いつ見てもきれいな木造校舎ですね。
裏側を覗いてみました。
使われているようなので、手入れも行き届いてます。
昭和63年閉校。
少し行くと、長いも畑。奥に小さく見える山は剣岳。
反対側の、秋の畑。
旧・芽室町立美生小学校。
門柱の名札が削られています。
今は別の施設として使われているので、ということでしょうが
そのままでもよかったのに。
平成3年閉校。
美生百年の碑ですが。
ここが、旧・芽室町立美生中学校跡地なんですね。
美生から右折して、先週も走った道路を進みます。
さらにここは左折。
左折してすぐに見えてくるのがここ。
体育館だけが残っています。
今は、渋山地域体育館ということですが、埃が溜まっていて
使われているようではありませんでした。
昭和51年閉校。
人の気配はなくなります。
道路の突き当たりです。
が、目的地はまっすぐ行って、砂利道へ。
旧・芽室町立上渋山小学校。
昭和47年閉校。
ということは、私が小学校6年生のころ。
玄関から覗いたところ。
よく見ると、左上には、歴代校長先生の写真か。
中を覗いてみましたが、思ったよりはきれいです。
一時期、芸術家の方が使っていたそうです。
わかりづらいですが、月行事予定表の黒板が見えます。
いいねえ。
すぐ隣にある、教員住宅。
こちらも使っていた感じですね。
女性のポスターが貼ってあります。
拡大してみると、島田陽子のように見えます。
それにしてもこの上渋山小学校、どこにあるかわからなくて
googleEarthで、上空からそれらしい建物、探して見つけましたよ。
見つけた時は、やった!ってな感じでしたね。
上渋山小学校から、東へ。
美生方向へ戻ります。
剣岳がとてもきれいでした。
ので、記念撮影。
山頂付近の白いのは、雪? 岩肌でしょうか。
道道55に戻りました。
次の目的地はここ。
閉校の碑。
昭和63年閉校。
ここも体育館のみ残ってます。
ここから、道道62に出て、上帯広へ向かうつもりが
道に迷ってしまいました。
金次郎さんもいらっしゃいますし。
碑を見てみると、旧・芽室町立栄小学校でした。
昭和63年閉校。
予期せぬところで、小学校跡に遭遇。
発見は旅の醍醐味。
なんとか幹線道路に出て、上帯広に向かいます。
一旦芽室町を出て、帯広市入り。
上帯広にある、旧・帯広市立上帯広中学校です。
が、もうボロボロ。屋根も落ちかけてます。
金次郎さんも台座だけ。
隙間から、中に入れたので入ってみました。
教室の中ですね。
黒板の落書きは、いつ書かれたものか。
昭和54年閉校。
上帯広中学校から戻る途中、光り園の片隅にある
旧・帯広市立上帯広小学校の碑と金次郎さん。
少し前までは、光り園の奥に校舎が残っていたそうです。
芽室町に戻って、来た道を戻ります。
今日の最後の目的地はこの看板。
閉校の碑です。
今は画家の美術館として使われています。
使われている校舎は、きれいに保存されているのが嬉しい。
校舎の前のシンボルツリーでしょうか。
体育館の中を覗いてみました。
絵を展示していました。
帯広方面へ帰る途中です。
六花亭の平成球場です。
手入れの行き届いた、きれいな野球場です。
ここは実は、旧・芽室町立新栄中学校跡地らしいです。
学校跡地を示すものは何もありませんが。
芽室町の廃校で、校舎の残っているところは
これで全部訪れたと思います。
というわけで、芽室編は終了。
廃校情報は「学舎の風景 」というHPからです。
今日は風が強くて寒かった。
今日から下もスパッツ履いてのライドです。
ってな感じのちょうど80kmでした。























































