ある研究で、外出する機会のある犬と小さい子供が接していると、その子供が、喘息やアレルギーになりにくくなることが示されました。
また、別の調査結果では、乳児の入浴頻度が高い程、アトピー性皮膚炎になりやすいことがわかりました。
上記の二つのことから言えることは、親が病原とされてきた微生物(細菌、ウィルス、寄生虫、真菌など」を恐れるがあまり、自分の子供を極端に清潔にしすぎているということです。
今までの現代西洋医学が訴えてきた「病気の原因は身体の外からくる物質や生物である」という考えは正しくありません。的を得ない考えをもとに、これまでの医療は発展してしまいました。だから、今の医学は失敗しているのです。むしろ、それらは、子供の免疫を教育・調整するための、重要な要素なのです。
本当の病気の原因は、人間の外ではなく内にある神経指令の狂いなのです。
もうひとつ、付け加えると、免疫というものは、今までの常識とされてきた「強化するべきもの」ではないのです。免疫が強くなりすぎれば、抗原に過敏に大げさに反応してしまい、喘息、アトピー、リウマチを発症してしまうのです。免疫は、実は、「穏やか」であるべきなのです。普段はゆったりしていて、必要なときだけに、必要なだけ働く べきものなのです。
神経の流れを整えると、そういう穏やかな免疫が生まれてきます。その穏やかさが、心と身体の穏やかさを創造します。
日本人は、「利己的」から「利他的」へと、意識の成長がみられていることが、このたび判明しました。
先月末に公表された統計数理研究所の国民性調査で、「日本人は他人の役に立とうとしている」と考える人が過去最高の45%に上り、「日本人は自分の事だけに気を配っている」とする考えは42%にとどまり、調査開始以来初めて、肯定的な回答が否定的回答を上回りました。
東日本大震災での日本人の活動などが、大きく評価されていると感じます。
大きな自然災害や事故・事件は、世の中の人間の集合意識が気づき、学ぶ「最高の課題材料」なのです。宇宙の叡智により人間意識の進化に必要な事象が選択され、私たち地球人もそれを無意識のうちに受け入れて、成り立っています。
「不安・恐怖」から「生きる勇気と力」を、「怒りや不満」から「感謝」を、そして、最後に、「エゴ」から「調和」を学びます。
地球社会は、水瓶座の時代に入り、月のエネルギーが高まり、利己的なエゴから、利他的な調和に向かおうとしています。それを、日本は牽引する役割です。
日本人である皆さんは素晴らしいです。
先月末に公表された統計数理研究所の国民性調査で、「日本人は他人の役に立とうとしている」と考える人が過去最高の45%に上り、「日本人は自分の事だけに気を配っている」とする考えは42%にとどまり、調査開始以来初めて、肯定的な回答が否定的回答を上回りました。
東日本大震災での日本人の活動などが、大きく評価されていると感じます。
大きな自然災害や事故・事件は、世の中の人間の集合意識が気づき、学ぶ「最高の課題材料」なのです。宇宙の叡智により人間意識の進化に必要な事象が選択され、私たち地球人もそれを無意識のうちに受け入れて、成り立っています。
「不安・恐怖」から「生きる勇気と力」を、「怒りや不満」から「感謝」を、そして、最後に、「エゴ」から「調和」を学びます。
地球社会は、水瓶座の時代に入り、月のエネルギーが高まり、利己的なエゴから、利他的な調和に向かおうとしています。それを、日本は牽引する役割です。
日本人である皆さんは素晴らしいです。
医療に携わる私が強く感じる事があります。
この地球社会で最も重要な事を、「生きながらえること」と勘違いしている人が、いかに多いかということです。
家族や愛する人に対し、「命だけは助かってほしい」「どんな姿でもいいから生きてほしい」「どんなことをしても延命させたい」といった、本人を無視した、自分の環境や感情を守るための想いを、正当化させます。
命である魂の意思は、持ち主である本人でしか、わかりえません。身体は、魂の一時的な借宿でしかあらず、魂は本質的には、それに宿る事に絶対的な意義を感じてはいません。今世での課題や使命を終えて、早く宿を出たがっている魂も沢山あるのです。課題から気づき、学び終えた後に今の宿を出る事で、次には、今の宿よりもより過ごしやすい宿が待っているのを、魂は根源的に知っているからです。
私が6年前にアメリカから帰国するタイミングで、私の活躍を楽しみにしていた父が癌で他界し、医学部時代の最大の親友が若きして癌で他界し、私の医療人としての活動を最も応援してくれた同年代のパートナーが癌で他界しました。殆ど、同時期に私にとって最も大事な3人をなくしました。
帰国する私にとって、本当にショックなことでした。どうして、こんな大事な時期に、最も大事な3人を、しかも同時になくしてしまうのだろう、と深く落ち込んだりしました。少し時間が経つと、これは自分にとって大きなメッセージであると感じるようになりました。
今にして気づいた事は、父の死がなければ私は米国にこだわり帰国していなかったであろう、大親友とパートナーの死がなければいつまでたってもこの地球社会で魂の自立ができなかったであろう、ということです。
そして、「死」は悲しむものではなく、むしろ他界するものとそれを観るものお互いにとって、成長するための変化であると学びました。
今こうして、自分の使命を帰国で全うできているのも、彼らの魂のお陰です。彼らは、この世を十分に生き、自らの魂の成長を最も促せるときを、宿を出るタイミングとして他界したのです。その上で、私に大きな成長をもたらせてくれました。
私の魂は、いつも彼らに感謝しています。
この地球社会で最も重要な事を、「生きながらえること」と勘違いしている人が、いかに多いかということです。
家族や愛する人に対し、「命だけは助かってほしい」「どんな姿でもいいから生きてほしい」「どんなことをしても延命させたい」といった、本人を無視した、自分の環境や感情を守るための想いを、正当化させます。
命である魂の意思は、持ち主である本人でしか、わかりえません。身体は、魂の一時的な借宿でしかあらず、魂は本質的には、それに宿る事に絶対的な意義を感じてはいません。今世での課題や使命を終えて、早く宿を出たがっている魂も沢山あるのです。課題から気づき、学び終えた後に今の宿を出る事で、次には、今の宿よりもより過ごしやすい宿が待っているのを、魂は根源的に知っているからです。
私が6年前にアメリカから帰国するタイミングで、私の活躍を楽しみにしていた父が癌で他界し、医学部時代の最大の親友が若きして癌で他界し、私の医療人としての活動を最も応援してくれた同年代のパートナーが癌で他界しました。殆ど、同時期に私にとって最も大事な3人をなくしました。
帰国する私にとって、本当にショックなことでした。どうして、こんな大事な時期に、最も大事な3人を、しかも同時になくしてしまうのだろう、と深く落ち込んだりしました。少し時間が経つと、これは自分にとって大きなメッセージであると感じるようになりました。
今にして気づいた事は、父の死がなければ私は米国にこだわり帰国していなかったであろう、大親友とパートナーの死がなければいつまでたってもこの地球社会で魂の自立ができなかったであろう、ということです。
そして、「死」は悲しむものではなく、むしろ他界するものとそれを観るものお互いにとって、成長するための変化であると学びました。
今こうして、自分の使命を帰国で全うできているのも、彼らの魂のお陰です。彼らは、この世を十分に生き、自らの魂の成長を最も促せるときを、宿を出るタイミングとして他界したのです。その上で、私に大きな成長をもたらせてくれました。
私の魂は、いつも彼らに感謝しています。