柳ヶ瀬のガイジン~フィリピンへ(3) | カフのブログ

カフのブログ

80年代終盤から順を追って経験や写真等紹介してます。ここ最近の旅行はいわゆるバックパッカーな感じではないので、海外旅行ジャンルに入れてます。

 露天のイスラエル人達と付き合ってる中で、一緒に組んでる奴らが仲たがいして別れたり、他の奴と組んだりというのを何度か見てきた。そういう時によく「一緒に露天しながら旅しないか」と言われる事もあった。実際、何度か露天を手伝うような事はあったが、その上で自分では売れないなと思ったから、それで生計を立てるのは無理だと思ってた。一時、パートナーと別れて一人で露天をやってた二個上のスイス人の女の子を手伝ってた時期もあった。半分付き合ってる様な感じで、彼女と一緒に旅出来たらいいなあとも思ってたけど、他に色々したい事もあって、彼女が日本を離れるときに別れた。美人だったな。

 

 一方、居酒屋の方は楽しかった。いつも店で流してる映像は、60年代の、主にブリティッシュインヴェイジョンの辺り、特にプロコルハルムの A Whiter Shade Of Pale の幻想的な映像や、アメリカのヤングラスカルズの Good Lovin' とか、バッファロースプリングフィールドの For What It's Worth とか印象に残った。タイムマシンっていうテーマでその時期の映像が流れる、TV番組だったのかな?のビデオ(VHSビデオだよ)をよく流してた。

 (この映像の、詳細が知りたいです。可能ならまた見てみたいので、そのTV番組?の情報、あるいはその映像について、何か知ってらっしゃる方、情報をお待ちしてます!) 

 何度か、平日に店でライブもやらせてもらった。 

 

 その居酒屋の店長は、京都出身の画家だそうで、アクリル?で重ねて塗る手法をを使う抽象画が得意との事。賞も取ってるらしい。大きな絵が一つ店に掛けてあったけど、よく解らなかった。僕の金が貯まって、海外にでる予定を立てると、彼はその日を、「(旅立ちならぬ)溜め出しの日」と呼んだ。下ネタだよ。彼とはいつも下ネタばっかりだった。

 

 それで、柳ヶ瀬で知り合ったイスラエル人の一人に、露天をしてる他の連中に比べて、ずば抜けて頭が良かった奴がいて、彼と一緒にフィリピンを旅する事になる。

 

(これを読み返してて、なんか「俺は頭いい奴としか付き合わねー!」って印象を受そうだけど、そうじゃなく、僕はむしろ逆です。ただ当時日本で会ったイスラエル人バックパッカーの連中って、僕から見て、大半はどこか抜けた奴らや、落ちこぼれっぽい連中な様に感じてた。殆ど気のいい連中ばかりなんだけど。だからその中でちょっとまともな考えの奴がいると、こいつは話がわかる!って思ってしまうとこがあったのかな?彼とはその後、イスラエルで会うんだけど、その時彼はハイファ大学の寮に住んでた。弁護士目指してるって言ってた。むしろ別世界の人。)

 

フィリピンというのは、元々は行くつもりだった訳ではなく、当時(今も?)日本からタイへ行くのに一番安い飛行機が、ビーマン(バングラデシュ航空)とかエジプト航空とかで、エジプト航空ってのは、バンコクの前にマニラに寄るから、どうせなら、と思ってフィリピンの南の島で遊ぶ事にした訳。